子どもの「主体性」とは何か。そして、それはどう育つのか。「子ども観」「発達観」の変遷もたどりつつ、新たに「保育」と「発達」を結びなおす。保育の未来をひらく新世代の発達論。
長い時代、「発達」は保育の目標だった。現代も、保育にとって「発達」は大切な視点だが、「発達」を受けとめる社会のほうが、だいぶ変わってきた。「つながり」がほどけた孤立した子育ては、いやおうなく発達を「うちの子」の能力に向かわせる。不透明感のある未来がちらつき、保育も子ども個人を強くするしかないのかと、悩んでいるようにみえる。
しかし、社会と子どもの間に立って、子どもの視点を代弁し、社会のあり方を問うてきたのが保育だ。保育の可能性と魅力は、いつも新しい「つながり」をつくりだす実践にある。個人を尊重しつつ、個人を超えるいとなみへ。保育がその真価を発揮するための、保育的発達論のはじまり──。
序章 「個人」を尊重しつつ、「個人」をこえるいとなみへ
第1部 子どもの「主体性」とは何か
1章 子どもはどう「自己決定」しているか
2章 保育のなかでとらえる主体性
第2部 子どもの「主体性」はどう育つか
3章 人間の赤ちゃんが“未熟”であることの意味
4章 してもらう、する、してあげる、させてあげる
第3部 「子ども観」「発達観」の変遷と私たち
5章 子ども観をさかのぼる
6章 「発達」と社会の歩み
7章 「発達」と社会のいま
第4部 発達をみる目をひろげる──イヤイヤ期とブラブラ期
8章 「年齢」と発達
9章 「参加」の視点からみる発達観
10章 つながりアウトカムとしての「ブラブラ」
第5部 「保育」と「発達」を結びなおす
11章 つながりを育むいとなみ
12章 保育の「あそび」とは何か
13章 保育の公共性
14章 「信頼」の中間共同体
あとがき
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