豊後からの上京の半ばで下関で盟友・頼山陽(らい・さんよう)の死を知った田能村竹田(たのむら・ちくでん)は、同行の僧侶が直ちに京へ急ぎ駆けつけたのとは裏腹に下関の地に数か月も留まっていたのだ。その真意を誰にも漏らさなかった竹田ではあったが、やがて、もう一人の盟友で京焼の達人・青木木米(あおき・もくべい)をすら失ってしまう。自らの死を前にした竹田にとって、何時の間にか癖になっていた故郷の妻への独白だけが、彼とこの世を繋ぐ営みとなっていた。独白の相手は一人息子や亡き友人にも及び、時空を超えたもう一つの世界を作り出してゆく。そして、いつしか心身が微小浮遊体となって自身の描いた画の中を、未来にも過去にも、一所にも他所にも、同時所存在している自身に驚く。事切れる前後で妻・さたと友・木米に語り掛けたこととは・・・(『竹田量子図屏風〜1835秋』)/現代京都に二組の兄弟と姉妹がいて、弟・修一は一方の姉・通(かよ)と、兄は妹・満(みち)を伴侶としている。修一は年上の妻・通に「お前たち姉妹は道(みち)つながりだ」という。男がこの世と正しく繋がる秘密の入口を妻の昼と夜の内にみる兄弟の思いの奥を覗く(『浮世の道連れ〜1971夏』)/高名な禅僧・仙ガイのオーラが残る博多の寺まち。大徹和尚に心酔する老人の思いが、寺と自身の出戻り娘の母子家庭が重なるささやかな空間を優しく包んでいる。この国には地域に残る小さな歴史が今を生きる人の志向性をそっと指南してくれる世界がまだ残っている(『仙ガイ撒き紅葉〜2000秋』)/処女作『空礫〜1685夏』を改訂して第二版とし本集に付し再録している。
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