大場栄は愛知県蒲郡市出身で豊橋市吉田方小学校の教師をしていたが、一九三七年、妻峯子と一人息子を残して日中戦争に徴兵された。それから七年間、二人は戦争の荒波に翻弄されながら、戦地と国内の様子を手紙に書き綴り週に一度の割合で送り続けた。手紙には、かつての幸福な思い出を弄るように二人のロマンスが描かれる。デートをした場所、初めての口づけの場所…遠く離れた日本と中国の地から、月や日蝕を眺め、互いに「見ているかい?」とやり取りする描写などは、とても詩情的でロマンチックである。一方で、息子が成長してゆく様を伝える峯子のユーモラスな表現も微笑ましい。栄は一九四四年に満州から玉砕の島サイパンに向かい、タッポーチョ山を拠点にゲリラ戦を展開。そこでの活躍は二〇一一年二月に映画された。
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