古代エジプトの柱状建築物「オベリスク」。その意匠は、近代西洋世界の墓地において新たな墓として普及した。本書はその重要な画期が、ナポレオンのエジプト遠征がもたらしたエジプト学の成立と発展に先立ち、18世紀のイギリス東インド会社統治下のインドにあったという仮説を検証する。なぜインドで墓でオベリスクなのか?この問いに始まる墓石のグローバルヒストリーの試みである。
序章 -なぜ、インドで墓でオベリスクなのか?
第一章 カルカッタ(1) -十八世紀のオベリスク型墓石
第二章 ローマ(1) -オベリスクと古代都市(前一〜後四世紀)
第三章 ローマ(2) -オベリスクの再生と展開(十六〜十八世紀)
第四章 ローマ、ロンドン、そして墓 -装飾と平面とはりぼてと(十六〜十八世紀)
第五章 ヨーク、ロンドン、スーラトーイギリスのオベリスクとインド(十七〜十八世紀)
第六章 サーンチー、アーグラー、スーラトーインドの墓廟の伝統からスーラトの西洋人墓地へ(古代〜十七世紀)
第七章 リヴォルノ、ボローニャ、パリー近代共同墓地の誕生とオベリスク(十八世紀〜十九世紀初頭)
第八章 パリ、ハリカルナッソス、ローマーオベリスクと古代建築幻想(十五〜十八世紀)
第九章 カルカッタ(2) -オベリスクと英雄と非業の死
終章 --再び、なぜインドで墓でオベリスクなのか?
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