【輸入盤】伝説的なポーランドのピアニストたち/ドイツでの演奏会 1949〜1959年〜ヘッセ=ブコフスカ、シュトンプカ、フィラー、スメンジャンカ(2
伝説的なポーランドのピアニストたち/ドイツでの演奏会 1949〜1959年
題名の通りポーランド出身の4人のピアニストの演奏が収録されています。
ヘンリク・シュトンプカ[1901-1964]はワルシャワ音楽院で学んだ後、1927年の第1回ショパン国際ピアノ・コンクールに参加。直後にパリに移り、ここで偉大なピアニスト、イグナツィ・ヤン・パデレフスキの指導を受けています。1930年代に大活躍するも、第二次世界大戦中はワルシャワで身を潜めざるを得ませんでした。戦後国際的活動を再開、またクラクフ音楽院のピアノ教授を亡くなるまで務めました。録音は少なく、CDでは無いに等しかったところに、今回ショパンのピアノ協奏曲第2番の録音が発掘、しかも巨匠ヘルマン・アーベントロートの指揮。今回の「MELOCLASSIC」のリリースでも特にお宝度の高いものです。
バルバラ・ヘッセ=ブコフスカ[1930-2013]は中央ポーランドのウッチの生まれ。戦後初となった1949年の第4回ショパン国際ピアノ・コンクールで第2位を受賞(第1位はハリーナ・チェルニー=ステファンスカとベラ・ダヴィドヴィチ)、これで一気に国際的に名を知られるようになりました。1953年、パリでのロン=ティボー国際コンクールのピアノ部門では第5位でしたが審査員のアルトゥール・ルービンシュタインから絶賛され、このことも彼女の名を知らしめることとなりました。1950、60年代には世界的に活躍しましたが、1970年代以降は教職に重きを置き、ワルシャワ高等音楽院の名教師として知られました。
マリアン・フィラー[1917-2012]はワルシャワ生まれのピアニスト(ちなみに男性)。第二次世界大戦では強制収容所から命からがら生還しました。終戦後ドイツで活動したのち、1950年に米国デビュー、そして移住。1958年にテンプル大学の音楽部門のピアノ主任に就任、長く指導者として活躍しました。94歳と長命しましたが商業録音とはあまり縁がなく、「MELOCLASSIC」が2015年にショパン集のCDを出すまではほとんど忘れ去られていました。ここではドイツ時代の見事なチャイコフスキーの協奏曲を聴くことができます。
レギナ・スメンジャンカ[1924-2011]はトルンの生まれ。天才少女として名を馳せ、1936年からトルン音楽院で前述のヘンリク・シュトンプカから教えを受けています。十代後半は第二次世界大戦に巻き込まれ、戦後になってようやくクラクフ音楽院で十分に学ぶことができました。戦後初となった1949年の第4回ショパン国際ピアノ・コンクールで第11位入賞。彼女が国際的に有名になるのは1950年代末以降のことで、1961年には北米楽旅を成功させています。教育者としても高名な彼女は、日本では「ショパンをどのように弾きますか?」という著作でも知られていることでしょう。録音は少なくなかったものの、現在CDはほとんど入手難。若き日のヘルベルト・ケーゲルが伴奏指揮を務めたこのプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番の録音は嬉しいものです。(輸入元情報)
【収録情報】
● ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調 Op.11
バルバラ・ヘッセ=ブコフスカ(ピアノ)
ヘルマン・アーベントロート指揮、ベルリン放送交響楽団
1955年2月20日、東ベルリン 放送スタジオ録音(モノラル)
● ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 Op.21
ヘンリク・シュトンプカ(ピアノ)
ヘルマン・アーベントロート指揮、ライプツィヒ放送交響楽団
1952年5月5日、ライプツィヒ 放送スタジオ録音(モノラル)
● チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 Op.23
マリアン・フィラー(ピアノ)
ヴィンフリート・ツィリヒ指揮、フランクフルト放送交響楽団
1949年2月16日、ドイツ、フランクフルト 放送スタジオ録音(モノラル)
● プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調 Op.26
レギナ・スメンジャンカ(ピアノ)
ヘルベルト・ケーゲル指揮、ライプツィヒ放送交響楽団
1959年4月20日、ライプツィヒ 放送スタジオ録音(モノラル)
簡易収納紙ケース装丁
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