●本書で展開されている精神分析の学校への応用とは,精神分析的実践やその思考プロセスを教育の営みのひとつとして取り入れることである。学習理論,精神発達や集団心性の理論,学校が直面する今日的な問題などの考察が網羅されており,精神分析的な「教育心理学のテキスト」としての意義をもつ。
●目次
タビストック・クリニック・シリーズの編者の序文/謝辞はじめに
第一章 「赤ちゃんはどこから来るの?」--i子どもに学びたいと思わせるのは何か 第二章 理論的概観ーー精神分析の概念とその応用入門 第三章 遊び、遊び感覚、学ぶこと 第四章 潜伏期 第五章 青年期 第六章 はじまり、おわり、移行 第七章 行動を理解することーー教室での洞察と観察の価値 第八章 特別支援教育 第九章 学校の集団力動 第十章 投影のプロセスーー「ギャング」集団、いじめ、人種差別 第十一章 家族と学校 第十二章 査定、評価、視察 第十三章 統合、排除、自己排除
訳者あとがき/監訳者あとがき/参考文献/索引
* * * 本書の解説 * * *
現代日本の公立小中学校には、すぐには解決できそうもない問題が山積している。さまざまな水準で教育改革が続けられているが、問題は一向に減っていかない。むしろ増えているような印象すらある。なかでも本書の中心テーマでもある「学ぶことができない子ども」の問題は、教育機関である学校の深刻な問題のひとつである。これは特別支援教育として論じられる類のものだけではない。また最近では、学校機能の中心ともいえる「授業」が成立しないという問題も際立ってきている。この「授業が成立しない」という現象は、学校現場をじかに見る機会のない人にとっては、なかなか想像しにくいのだろう。そのためしばしば、学習内容の量の問題、教師の指導力不足や子どもの躾の問題として片付けられてしまう。しかし多くの場合、事態はそれほど単純なものではない。
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本書を読み進めると、学校現場の抱える問題の深刻さが、洋の東西を問わないことがよく理解できる。教師たちは、日夜、すぐには「解決できない問題」の「解決」を求めて子どものために奔走しつづけている。それはこうした問題に直面する大人に、つよい焦燥感と切迫感を喚起するからである。そして無力感や憤りに加え、羨望などの強烈な情緒も交錯して、奔走する大人たちの思考はじわじわと侵食されていく。やがて大人の思慮深さや理性的に考える力が損なわれ、考えなしに行動したり、激しい意見対立によって同僚や関係機関との協働も破壊され、ステレオタイプな対応に終始したり、予測可能な問題でも実際に事が起きるまで何もできず、後手後手の対応に振り回されることになる。つまり「わけも分からず」対応に忙殺され消耗し、現実感覚までもが失われていくのである。いわゆる「荒れる学校」や「学級崩壊」のなかで生じる教職員の士気の低下や機能不全、病気休職などの背景には、しばしばこうしたプロセスを見て取れる。
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本書では、既存の精神分析の概念や集団力動の概念を応用して、こうした「解決できない問題」をせめて「考えることのできる問題」に変容させ、大人の現実感覚の喪失や機能障害を克服していくための手がかりが提示されている。なかでも乳幼児観察の応用、コンテインド/コンテイナーのモデル、コンテインメント、集団心性の理論、妄想・分裂ポジションの観点からの非行やいじめの心性へのアプローチは、実際の学校現場で役立つ卓越した考察である。(「あとがき」より)
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