【輸入盤】声とピアノのための歌曲全集 ヴァンシシエム・リート・デュオ(3CD)
: ピツェッティ、イルデブランド(1880-1968)
パルマ方言、ナポリ方言も登場するテキスト選択のこだわり
ピッツェッティ:声とピアノのための歌曲全集(3CD)
ヴァンシシエム・リート・デュオ
ピツェッティは伝統的な様式を好み、ルネッサンスと初期バロック音楽も研究。文学愛好家で、言語の地域性や歴史的な背景にもこだわりがあり、そうした傾向は歌曲にも反映されています。この歌曲集では、イタリア語をメインに、ラテン語、フランス語、英語のテキストを用いているほか、パルマ方言、ナポリ方言も登場します。
演奏は2021年にマリピエロの歌曲全集をリリースしていた「ヴァンシシエム・リート・デュオ」によるものです。
ブックレット(英語・イタリア語・16ページ)には、演奏のアルフレード・ブレッサーノによる解説などが掲載。
文学と古楽好き
ピツェッティはピアノ教師で聖歌隊指揮者の父によって幼い頃から音楽教育を受け、11歳から15歳にかけてはラザロ・スパランツァーニ古典音楽院に通っていましたが、その間に文学、演劇に興味を持ち、学校の演劇公演の脚本も書くほど熱中。
15歳からはパルマ音楽院でルネッサンスと初期バロック音楽に魅せられており、以後、文学と古楽の影響は生涯にわたって継続。
24歳のときに愛国詩人ガブリエレ・ダンヌンツィオ(1868-1938)の悲劇のための劇音楽を作曲するコンクールで優勝し、以来、ダンヌンツィオと交流してさらに文学の世界に踏み込むようになります。
80年世代
1880年前後にイタリアに生まれ20世紀に活躍した作曲家ピツェッティ(1880-1968)は、レスピーギ(1879-1936)、カゼッラ(1883-1947)、マリピエロ(1882-1973)らとともに「80年世代」と呼ばれていました。彼らはそれぞれ個性的な作風の持ち主で、ピツェッティ以外は、主流オペラではない分野で名を上げています。
ピツェッティとオペラ
ピツェッティはオペラは数多く書いたものの、当時流行のヴェリズモとは距離を置いていたため、非主流派の個性的作曲家という点では他の80年世代作曲家と共通です。ピツェッティはオペラに若い頃から取り組んではいたもののなかなか完成まで漕ぎ着けず、9作目の「フェードラ」(台本:ダンヌンツィオ)でようやく成功。以後は自分の台本で10本を超えるオペラを書き上げており、特に「大聖堂の殺人」はカラヤンがウィーン国立歌劇場で取り上げたこともあって注目を集めています。
ピツェッティと歌曲
オペラは複数の歌手とオーケストラによる舞台上演が前提になるので作曲時のハードルが非常に高く、それがピツェッティが自前の台本にこだわる要因でもあり、そのため「イフィゲニア」と「カリオストロ」については、まず演奏会形式でしかも放送によって初演する方法を選んだほどでした。
ピアノ伴奏歌曲の場合はそうした舞台上演時の制約のようなものが無く、ピツェッティも好きな文学作品を選んで自由に作曲できたため、1899年、19歳の年に書かれた初期の「雲」から、1960年、80歳の年に出版された「3つの愛の歌」まで、60年に及ぶ期間の作品を聴くことができます。
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演奏家情報ヴァンシシエム・リート・デュオ (ソプラノとピアノ)イタリアで室内声楽の分野で最も定評のあるアンサンブルのひとつで、19世紀から20世紀のドイツ、フランス、イタリアのレパートリーの演奏を専門としており、特にイタリアの「80年世代」の作曲家の作品の普及に力を入れています。
フィレンツェ音楽院の室内声楽科を優秀な成績で卒業したこのデュオは、トロッシンゲンのドイツ音楽大学付属ドイツ歌曲アカデミー(2017年)とトゥールのフランシス・プーランク・アカデミー(2018〜2019年)で専門コースを受講したほか、国際リート界の最も権威ある人たちのもとで技術を磨いています。
このデュオは、2016年にヴェローナで開催された19世紀および20世紀イタリア音楽の室内声楽コンクールで優勝したほか、パリ・ヴィルトゥオーゾ・グランプリ第1位、、P.アルジェント国際コンクール声楽部門第1位、ピオンビーノのリヴィエラ・エトルスカ全国コンクール
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