1961(昭和36)年8月、3日3晩にわたって、幾千の群衆の怒りが爆発、第1次釜ケ崎騒動となったのです。この第1次釜ケ崎騒動がきっかけとなって、国や府・市も釜ケ崎対策の対応を迫られたのでした。私どもの西成労働福祉センターも、このような中で、大坂府の地区労働対策の一環として設立されたものなのです。日雇労働者の就労と福祉のために!と。私達はセンターと地区労働者をつなぐパイプとして広報紙としての『センターだより』を発行させたのでした。もう十年の歳月が立ちます。今では、地域新聞として、地区の労働者から親しまれ、発行が待たれるようなものになってきています。
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