“わかりやすさ”の妄信、あるいは猛進が、私たちの社会にどのような影響を及ぼしているのだろうか。「すぐにわかる!」に頼り続けるメディア、ノウハウを一瞬で伝えたがるビジネス書、「4回泣ける映画」で4回泣く人たち……。「どっち?」との問いに「どっちでもねーよ!」と答えたくなる機会があまりにも多い日々。私たちはいつだって、どっちでもないはず。納得と共感に溺れる社会で、与えられた選択肢を疑うための一冊。はじめに1 「どっちですか?」の危うさ2 「言葉にできない」3 要約という行為4 「2+3=○」「○+○=5」5 勝手に理解しないで6 理解が混雑する7 「一気にわかる!」必要性8 人心を1分で話すな9 なぜそこで笑ったのか10 なぜ笑うのか、なぜ笑えないのか11 全てを人に届ける12 説明不足13 「コード」にすがる14 ノイズを増やす15 4回泣けます16 コーヒーを吹くかもしれない17 深いって何だろう18 見せかけの優位19 偶然は自分のもの20 わざと雑にする21 そんなこと言ってないのに22 自分に迷わない人たち23 みんなで考えすぎ24 人はいつもぐちゃぐちゃおわりに コロナ禍の「わかりやすさ」の中で
レビュー(71件)
「わかりやすい=良い」なのか
テレビの解説、Youtube動画、書籍・映画などのレビュー、自分自身の感想で「わかりやすい」を肯定として使う場合が多々ある。 本書はそんな「わかりやすい」が持て囃されると同時に日本語がどんどん「易しく」「わかりやすく」なること、機微や行間のような部分が排除され、受け取る側が想像する余白のない、ストレートで額面通りにキャッチできる伝え方が重宝されてしまう傾向に一石を投じる。 前半は主に「分からないことはそのままにしておく」余地について語り(ちょっと“わかりづらい”文章が多いかも)、 後半は実際の出来事を挙げて「わかりやすさ」が「雑」をもたらす危険性(メディアの主張の加工、ネット論客が使う暴力的な断定、居場所を与えてはいけない主張に居場所を与えてしまうこと)について語られている。 理解までの最短距離と効率化を優先し、「わかりやすくないもの」を理解しようとしなくなった結果、感覚や自分で考える感情表現の選択肢が損なわれ「雑」になっていく危険性について本書で自らに警鐘を鳴らしてみては。
おもしろかった! わかりやすい内容だと思いますあ
本書は、大変考えさせられ、また、感心するところも多かった。こういう問題提起は大切だと思います。筆者のこれからの活動に注目して行きたいと思います。