●この書名は、当然、『精神分析という営み』という2003年に出版した書物との連続性を意識している。精神分析が人間と人間とのあいだに生じるひとつの本来的な営みであるという基本的な考え方は同じであるし、私の書いたもののなかでより臨床的である(より理論的でない、ということだが)ものを集めて編んだ物であることも同じである。ただ、前作は一冊がまるごと、治療の空間と心的な空間というアイデアに向けて書かれていたが、今回はいくつかのトピックに分けて構成することにした。(中略)書くということは、書けないということに直面するためにあるように思う。精神分析という営みは書けない。しかし、分析家たちは書こうとしてきたし、私もこうして書いている。これからもきっと書いてしまうだろう。すべてのアート、技芸は書けない。それでも人間はそれについて書こうとする。私たちが書けないことを書こうとすることは、精神分析が語れないものを扱おうとしていながら、患者にはとにかく語れと要請し、精神分析家も解釈を語ろうとし続けるということと照応している。書けるようなものについて書いてもしかたない、語れるものについて語ってもしかたない、ということなのだろうか。この本の隠れた主題だと思われる「本物性」、「生きた時間」に触れるということは、そうした断念の先に生まれるもののようだ。
ともかくも読んでいただければうれしく思う。(「まえがき」より)
* * * * * 本 書 の 構 成 * * * * *
第 I 部は解釈という精神分析家にとって最も重要な仕事について考えた論文を集めてある。私は解釈するという分析家の行ない、そしてそれに焦点づけてそこにいる分析家の存在が、精神分析にとってきわめて重要であると考えているが、それがどのような意味で重要であるのかは、一筋縄でいかない問題だと思う。
第 II 部は精神分析実践のなかで生じる、喜びや進展というものについて、書いてみた。精神分析的実践は患者のためになされる。しかし、それを私たちが続けているときに私たちに何の喜びがないはずはない。そのことに明示的にもしくは暗黙に触れているものを集めた。
第 III 部は、精神分析が隣の領域、精神医療や心理臨床などに何かもたらすとしたら、どのようなことだろう、という問題意識が読み取れるものを集めてみた。私は精神科医であり、これからも精神医療のなかでわずかにでも活動するだろう。精神分析と隣接する諸領域とについて、これからも絶えず考えていかなければならないのだろう。
第 IV 部は、第一部と対になっている部であり、精神分析実践を行なう精神分析家を支えているもの、精神分析にとっての必須のアイテムについて考えたものを集めて編んだ。精神分析らしさを形にする重要なものごとを描こうとした。そのようなアイテムなしで、精神分析という営みは考えられないのである。
●目次
まえがき
第 I 部 解釈はどのようにはたらくのか
第一章 解釈が用いられること──出発点での論考
第二章 解釈──空間を生み出すもの、空間が生み出すもの
第三章 本物の物語が生まれる場所
第 II 部 精神分析の喜び
第四章 含羞み──「甘え」を幸福に見知られること
第五章 幸福な瞬間について
第 III 部 力動的精神科臨床・心理臨床に語りかける
第六章 「支持」という言葉を考える
第七章 子どもの心的変化の「容れ物」としての親面接について
第八章 こころの臨床実践の場をめぐるもの思い
第 IV 部 精神分析の実践を構成するもの
第九章 訓練分析と分析家になること
第十章 プロセスノートを書くという営み
第十一章 自由連想という逆説
あとがき
初出一覧/文献/索引
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