【輸入盤】鍵盤楽曲全集 マリウス・バルトッチーニ(フォルテピアノ)(2CD)
: ミスリヴェチェク、ヨセフ(1737-1781)
まるでモーツァルト!
モーツァルトが敬愛し大きな影響を受けたミスリヴェチェクの鍵盤楽曲全集(2CD)
マリウス・バルトッチーニ(フォルテピアノ)
モーツァルト・ファンにはおなじみの作曲家、ヨーゼフ・ミスリヴェチェク[1737-1781] は、ハプスブルク時代のプラハで、製粉業経営の裕福な家庭に誕生。当時のプロの音楽家になってからはイタリアで名声を得て活動拠点もイタリアに置き、亡くなったのもイタリアでした。モーツァルト[1756-1791]と父レオポルト[1719-1787]がイタリアに滞在した1770年にはすでに名声のある人物でしたが交流は続き、モーツァルトと最後に会ったのは病気療養中のミュンヘンでのことでした。翌1778年にはミスリヴェチェクはイタリアに戻って活動を再開。最後のオペラ「アンティゴノス」を初演した10か月後にローマで亡くなっています。
アントン・ワルター・モデルによる録音
演奏はフォルテピアノのスペシャリストであるマリウス・バルトッチーニによるもので、使用楽器は名匠ポール・マクナルティ作のアントン・ワルター・モデル。録音会場の聖コズマ・エ・ダミアーノ教会のあるウーディネは、オーストリア国境まで約55kmの北イタリアに位置。
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ミスリヴェチェク情報戦乱の時代にプラハで育った作曲家
モーツァルトが大きな影響を受けたことで知られるヨーゼフ・ミスリヴェチェクは、オーストリア(ハプスブルク)統治時代のプラハに生まれ、同じくオーストリアが主に統治していた北イタリアを中心に活躍した作曲家。当時のプラハは、オーストリア領土内で、ウィーン、ミラノ、ブリュッセルに次ぐ規模を持つ都市でした。
リズミカルな旋律や大胆な展開手法
モーツァルトより19歳年長のミスリヴェチェクは、27曲のオペラをメインに、8曲のオラトリオや、約50曲の交響曲、29曲の序曲、16曲の協奏曲のほか、室内楽曲、器楽曲、声楽曲など134曲を作曲。
そのリズミカルな旋律や大胆な展開手法は、オペラでの成功を通じて同時代の作曲家たちに影響を与え、若きモーツァルトが自身のスタイルを形成する際にも決定的な作用を及ぼすことになります。
ケッヘルも勘違いするほど似ている作風
その影響は強力で、たとえばモーツァルト研究で有名なケッヘル[1800-1877]が、ミスリヴェチェクのオラトリオ「アブラーモとイザッコ」を、モーツァルトの作品と信じて疑わなかったほどです。
時代と場所の不運
没後10年が経過した1791年にミスリヴェチェクは、モーツァルトやハイドンのように宮廷に帰属せず、しかも修行時代から亡くなるまで18年間暮らしたイタリアは、19世紀になると外国からの統治に反発する愛国的な混乱状態に陥るようになり、外国人作曲家ミスリヴェチェクの名は急速に忘れられて行きます。
また、ボヘミアの作家で風刺雑誌の発行人でもあったヤクブ・アルベス[1840-1914]が1886年に発表した中編小説「聖なるボヘミア人」が、ミスリヴェチェクの伝記と勘違いされたことで混乱し、ミスリヴェチェクの生涯がよりわかりにくくなってしまったのも、どちらかといえば不幸なことでした。
年表参照資料:「Josef Myslivecek, il Boemo(Daniel E. Freeman)」、「Josef Myslivecek(Jaroslav Čeleda)」、他。
1735 1736 1737 1738 1739 1740 1741 1742 1743 1744 1745 1746 1747 1748 1749 1750 1751 1752 1753 1754 1755 1756
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