来日外国人の東京観光は、横浜入港に始まり、新橋停車場へ向かう陸蒸気の旅がそれに続いた。帝都の表玄関新橋停車場は喧騒に包まれ、駅頭には、客待ちの人力車が並んでいた。帝国ホテルは、こうした外国人観光客を泊めるため、明治23年に誕生した国策ホテルだった。本書は開業の2年後にこの帝国ホテルが発行したものである。
この東京案内が描き出すのは、東京とその近傍にある神社仏閣がその中心である。しかし、それは一般的な意味での紹介には留まっていない。神社仏閣にまつわる縁起、伝承、神話などを採り上げ、厚みのある記述をなすとともに、神社と寺院の違い、日本人の宗教観、伝説や神話と史実との関係などにも触れ、読者である外国人が理解し易いよう配慮している。また、季節別、月別に、お勧めの名所や行楽地を紹介しているのも大きな特徴だ。つまり、雨森はいわゆる歳時記の分野も記述の対象に加えており、その結果、明治20年代庶民の日常生活の雰囲気ーーーーそれは江戸時代の香りを未だ色濃く残すものであったがーーーーをよく伝えている。
欧化主義を象徴するホテルのガイドブックであるにもかかわらず、意外にも日本の歴史や伝統を強く帯びた祭りなどの庶民の行事が語られる。この書を読むと、明治維新という天地鳴動の大騒動とそれに続く大混乱があったにもかかわらず、本書出版の明治25年においても、旧来の伝統がしっかりと保持されていることに驚かされる。
歳時記に関する著述は、『東京風俗志』『東京年中行事』など、明治30、40年代に書かれたものが多い中、本書は維新の混乱を経て一息ついた頃の、いわば生まれたての明治の息吹を伝えている。その意味でも貴重な歴史的資料である。
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