【輸入盤】歌曲集 ペーター・シュライアー、ノーマン・シェトラー(5CD)
シューマン:歌曲集(5CD)
ペーター・シュライアー(テノール)
ノーマン・シェトラー(ピアノ)
ドレスデン、ルカ教会の素晴らしい音響でシュライアーのシューマン歌唱を録音したエディションが初めて5枚組のセットとして登場。当時のシュライアーは30代後半で張りのある美声。シュライアーが理想的な形で自分の歌に応えるピアニストと称えたシェトラーのピアノも万全です。
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この録音について
1959年にオペラ歌手としてデビューしたシュライアーは、コンサート歌手、リート歌手としても華々しく活躍、1966年からは西側でも歌い、1970年には指揮者デビューも果たし、1975年にはクリスマス・キャロル集が140万枚も売れ、東ドイツ最大のベストセラーを記録してもいました。
その間、1969年にはリート歌手としての実績が高く評価されて「ロベルト・シューマン賞」を受賞。
1972年1月にノーマン・シェトラーとエテルナ・レーベルで録音した「詩人の恋」と「リーダークライス(Op.24)」のLPが、まずドイツ・グラモフォンから同年に提携発売されて高い評価を得ると、シリーズでのシューマン録音となり、1974年までに計5枚のLPをドレスデンのルカ教会でレコーディングし、1974年から1976年にかけて発売しています。
シェトラーとはその後、クリスマス歌曲集(1978年)、R.シュトラウス歌曲集(1979年)、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」(1980年ライヴ)を録音。
また、シェトラーは1975年に同じルカ教会でシューマンのピアノ曲集を録音してもいました。
作品について
シューマンが作曲した歌曲は約300曲ですが、そのうちの124曲は1840年に書かれています。結婚や裁判などいろいろあった年ですが、最大の要因は前年にシューベルトの兄フェルディナントを訪ねた際に、シューベルトの遺品の数々を見せられ刺激を受けたことかもしれません。
演奏者について
ペーター・シュライアー(テノール)
1935年7月29日、ザクセン州マイセン地区のクリプハウゼンにあるガウエルニッツ村のコンスタッペルで生まれ育ちます。父は教師でカントル、オルガニスト。
戦時中の1943年、シュライアーはドレスデン十字架合唱団の準備クラスに入学し、1945年7月にドレスデン十字架合唱団の寄宿学校に入学。合唱団長のルドルフ・マウエルベルガーはシュライアーの才能を認め、独唱用の編曲や作曲を数多くおこない、1948年から1951年までレコーディングもおこなっています。変声期を終えるとシュライアーはテノールに転向し、1954年まで合唱団に在籍していました。
フリッツ・ポルスターから声楽の個人レッスンを受けた後、1956年から1959年にかけてドレスデンとライプツィヒで声楽、指揮、合唱指揮を学んでいます。
1959年8月、ドレスデン国立歌劇場で「フィデリオ」の第1の囚人役でデビュー。1961年にはアンサンブルのメンバーとなり、その後、モーツァルトの諸役で成功し、1963年、ベルリン国立歌劇場へ移籍。
1966年、「トリスタンとイゾルデ」の若い水夫役でバイロイト・デビューし、1967年にはザルツブルク音楽祭にデビュー。サヴァリッシュ指揮する「魔笛」でタミーノを歌ったほか、イングリット・ヘブラーとモーツァルト・マチネを開催。大評判となり、以後、1991年までの24年間、毎年出演し、その後も、1995、1196、1998年と出演するなど異例の回数の公演をおこなっています。
その他、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場からブエノスアイレスのテアトロ・コロンまで幅広く出演し国際的な名声を得ていました。
2005年12月22日、70歳で引退し、2019年12月25日、ドレスデンの病院で84歳で死去。
ノーマン・シェトラー(ピアノ)
1931年6月16日、アイオワ州ドゥビュークで誕生。1955年にウィーンに留学し、1959年に卒業後も現地に留まりピア
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