『水俣ー患者さんとその世界ー』『不知火海』『医学としての水俣病』などで知られる土本典昭監督。現代の古典というべき作品群を生み出したその思想と仕事とは? 1960?70年代から2000年代に書かれた文章までを精選し、時代と格闘した希有の映画作家の全貌を、没後10年を機に問い直す。(解説=栗原彬)
序にかえて 考えるための道具としての映画
1 水俣に出会う
水俣ノート
記録映画作家の原罪
映画と現実とのかかわりについて
映画でなすべきことは何か
『水俣の子は生きている』
2 不敗のドキュメンタリーをめざして
逆境のなかの記録
プロセスのなかの〈作家〉としてーー映画『留学生チュア スイ リン』の記録
ドキュメンタリー映画の制作現場における特にカメラマンとの関係について
映画は生きものの仕事である
3 時代を刻印する
新聞と新聞紙のはざまーー映画『原発切抜帖』のできるまで
映画『偲ぶ・中野重治』をつくるまで
小川紳介とはどんな男か
時枝俊江・人と作品
羽田澄子・その映画の独創と孤立
丸木夫婦の剛きに打たれるーー映画『水俣の図・物語』を作って
4 映画の旅は続く
記録映画と行動
映画で出会った川本輝夫との三十年
『みなまた日記ーー甦える魂を訪ねて』について
おわりにかえて 映画は若い運動である
解説 生きものとしての映画を求めて……………栗原 彬
土本典昭 フィルモグラフィー
土本典昭 略年譜
編集協力= 土本基子氏,小池征人氏
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