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イエスはキリスト教の先駆者ではない。歴史の先駆者である。 歴史の本質を担った逆説的反逆者の生と死! イエスという男がどこから来たのか、我々は知らない。「ナザレのイエス」と呼びならわされていたから、ガリラヤ地方の村ナザレの出身だったのは確かだろう。(…)しかし、ある日イエスは決断してナザレの村を出て、あのような活動をはじめた、というのではない。いつ、どのようにして出てきたのか、気がついてみたら、イエスという男はああいう活動をやっていた、ということだろう。(…)だいたい、あれだけの活動が、一つ二つの決心やきっかけでできるものではない。それはイエスという男の生の帰結であり、出発であり、内容であった。--「第一章 逆説的反抗者の生と死」より ******** 【目次】 第1章 逆説的反抗者の生と死 第2章 イエスの歴史的場 第3章 イエスの批判ーーローマ帝国と政治的支配者 第4章 イエスの批判ーーユダヤ教支配体制にむけて 第5章 イエスの批判ーー社会的経済的構造に対して 第6章 宗教的熱狂と宗教批判の相克 あとがき 索引
レビュー(19件)
歴史上のイエスとは
田川建三は、実在した歴史上のイエスを本気で描写しようとしている。もちろん、そこには田川自身が投影されているのではあるにしても、あるいは、だからこそ生き生きとした魅力的なイエス像が立ち現れているのだろう。そして、田川は、「イエスはキリスト教の先駆者ではない。」と本書を書き始め、キリスト教に抹殺される真のイエスを今一度、皆の目に触れさせようと努力している。
イエスを知る
キリスト教徒ではありませんがイエスの生き方には興味があり購入しました。すごく評価が高い本ですのでまだ読んでおりませんが期待しております。
著者の「キリスト教思想への招待」を読みキリスト教思想の重要な点を再認識させられた。特に第1章の感謝、謙虚に関して話を進めた「人間は被造物」は大変面白く考えさせられた。他の著作も読んでみたいと手にしたのが、この「イエスという男」だった。この本で、初めてイエスの言葉に意味や姿を目のあたりにした様で一気に読めた。今まで本で読んでいたイエスは何か統一性がなく、不自然に感じていたが、それを多くの点で解決できた。しかし、逆説的反抗者の面がよく出来ているため、他の面でのイエスが弱すぎて、再びイエスの姿がぼやけてしまうところがあります(これはそこまで聖書が書いていないということかもしれませんが)。時代背景を丁寧に描きだし、改竄、捏造された部分が多いとされる福音書から、イエスが本当に言ったであろう言葉を精製していくことは大変な労力であったと思います。ぜひ、一読されることを勧めます。
三一書房の「イエスという男」を増補改訂し作品社から出版です。 学生時代図書館でむさぼるように読んだ一冊。 改訂再販されていることを知り飛びつくように購入しました。 著者によると一項につき3,4箇所、場合によると1,2ページそのまま書き換えたとの事。 漢字を新漢字への変更、強すぎる表現を多少穏やかに、論理的にすっきりしないところをすっきりとという改訂のようです。 2004年6月改訂初版で手許に届いたのは4版でした。 この本のほかに個人的には「キリスト教思想への招待」という本もお勧めです。