どうやら、十年以上経って話題になっているらしい。じぶんで言うのもおかしいですが、読んだ方によれば「いまの時代が予見されている」そうです。「ぜんぶ、ここに書いてるじゃないか」なんていう声もいただきました。--糸井重里▼本書は、発刊から十年を経て、「まるで、予言の書!」と再評価の声が高まっている名著に、書き下ろしの「続・インターネット的」を加筆し、文庫化したものである。もとは、『ほぼ日刊イトイ新聞』を始めた当時の著者が、インターネット登場後の世界について考察したものだが、読む者は、ここ十年間に起きた変化の本質を、十年前のこの本によって知ることになるだろう。▼また本書で綴られる言葉は、パソコンすらいらない、「消費者」なんていない、自分を他人にするゲーム、寝返り理論、消費のクリエイティブ、妥協の素晴らしさ……など、普遍的価値を持つ。糸井重里の予言的、そして普遍的なメッセージが詰まった一冊である。
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読書日記
2015年2月4日読了 インターネットについてのエッセイ。面白かった。 世の中でインターネットが語られているとき、金儲けの道具としてしか語られてないが、実際はそんなんじゃないというような動機で書かれた本らしいが、どうやったらインターネットで金儲けが出来るかについてつらつら書かれている。この人にとってのインターネットのほぼ全てである『ほぼ日刊イトイ新聞』も、わざわざ会社を興して(?)、事務所を構えて、ビジネスとして成立させている。 根本のところで金儲けが好きなんだと思う。「『ひとつのものを肯定したり賞賛したりするために、他のものを並列的に例にひいて、そちらを否定する』のは良くない」と書いている(実際には「良くない」とはかかれてないけど)。俺は、こういうのは大嫌いだけど「良くない」とはあんまり思わない。糸井重里は「良くない」とは思うんだけど嫌いではないような気がする。 この本は書かれた当時はあまり読まれなくて、10年以上経って話題になって文庫化(2014年11月)された本なんだそうだ。で、文庫には文庫版書下ろしみたいなのが載ってるんだけど、それを読んでいて、なんとなく色んなものが見えてきた。 文庫版書下ろしみたいなのには、当時読まれなかったのは「『インターネットは儲かるぞ』って書かれていない」からだと書いていたが、そうじゃない。当時読まれなかったのは、当たり前のことしか書かれていなかったから。これを読んで、いちいち「あーその通りだな」と俺も思ったんだけど、それは、当たり前のことだったからだ。10年経って「10年前にこんなこともわかっていたのか、すげー」じゃなくて、普遍的なことが書かれているだけ。年代的か何だか知らないけど、インターネットを特別なものとして見ていたから、こういうことをわざわざ書こうという気にもなった。インターネットの使い方も、自然体じゃなくてわざわざ構えている感じ。(あと、パソコンの使い方が昔風。例、1行変換する。変な単語登録(「お」変換で「おはようございます」が出る的な)をしている(これは糸井氏本人ではないが)) で、じゃあ、なんで今になって話題になったのかと言うと、オタクが発言権を持ってきたから。オタクは異様に慎重なので、これはもう間違いないだろうというものしか、「これは正しい」と言わない。