●摂食障害の治療は、特に治療に積極的な介入を行った場合には、治療者、患者双方にとって大変な労力を要する。患者の“命がけの”抵抗に対処するのは、並大抵のことではない。しかも治療者は同時に何人もの患者に対応しなければならず、結果として、治療者自身が消耗し、次第に追い込まれて行くことも決して珍しいことではない。そんなとき治療者が、パターナリズムに基づいた強制的な治療に陥るなら、それは患者からこころの拠り所を奪い、自己主張の芽を押しつぶしてしまうことになる。「こころから目を背ける」時代の風潮に抗い、患者と家族が自立に向かうための治療として、「消極的」精神療法を提唱する。
●目次
序章 なぜ消極的精神療法なのか
第 I 章 消極的精神療法とは
1 食行動ややせ願望を積極的に扱わない 2 体重の目標を設定しない 3 積極的な栄養補給は行わない 4 自傷行為や自殺企図を積極的に取り上げない 5 入院治療はなるべく最小限に留める 6 深層心理への介入を行わない 7 治療者は、治療全般に対して受動的な姿勢で臨む
第 II 章 消極的精神療法の実際
1 初診時
(1) 初診時に理解すること
患者自身が何を問題だと思っているか/非言語と言語の両面から病態をみる/受診に至るまでと受信歴/治療抵抗の程度
(2) 初診時の説明と処方
診断基準は用いない/治療について/症状の経過について/薬物の処方について
2 治療初期
(1) 治療初期の経過 不食・拒食から過食へ/依存欲求と攻撃性の出現
(2) 治療初期の基本的対応 失われた感覚を取り戻す/依存と攻撃から距離をとる
3 治療中期
(1) 治療中期の経過 不安の増大/自傷行為/自殺企図/対人不信と自己否定/他者への攻撃
(2) 治療中期の基本的対応
苦しさを言葉で表現することを促す/淡々とした対応に留める/攻撃性を自立への第一歩ととらえる/社会復帰を急がない
4 治療後期
(1) 治療後期の経過 社会復帰前の苦しさ/社会復帰への試行錯誤
(2)治療後期の基本的対応
患者の不安と焦燥を理解する/小さな成功体験を拾いあげる/減薬は徐々に行う/終結の目安としての自己評価
第 III 章 症例呈示と消極的精神療法の適応
1 軽症例
(1) 症例の経過 症例A 初診時一七歳 女性
(2) 症例Aの検討
(3) 軽症例の治療 自力での回復を手助けする/不安の軽減
2 中等症例
(1) 症例の経過 症例B 初診時一五歳 女性
(2) 症例Bの検討
(3) 中等症例の治療 入院期間の短縮/治療者と家族の不安
3 重症例
(1) 症例の経過 症例C 初診時一七歳 女性
(2) 症例Cの検討
(3) 重症例の治療 治療期間の長期化/治りたい気持ちと治りたくない気持ち/治りたいと思うまで「待つ」
4 消極的精神療法の長所と短所
(1) 消極的精神療法の長所
1 一回の診療が短時間ですむ/2 長期間の入院治療を要しない/3 鼻腔栄養やIVHなどの厳重な身体管理を必要としない/4 治療方針をめくる、主治医ー患者間の軋轢が少ない/5 病気が改善して行く際の、患者の達成感が大きい/6 患者が主治医に頼らず、自立して行きやすい
(2) 消極的精神療法の短所
1 主治医の不安感が強くなる/2 身体状態の悪化や繰り返される行動化に、じっと耐えなければならない/3 症状が軽減する際に生じる患者の不安感を、肩代わりしなければならない/4 短期間の入院治療が、何度も繰り返されることがある/5 患者自身が良くなりたいと思わなければ、同様の状態が延々と続く/6 主治医に頬りたい、方針を示してほしいと希望する患者には向かない
終章 文化と摂食障害
文献/あとがき
『解説』
本書はその方法を探るために、私自身の臨床経験をもとに試行錯誤してできあがった一つの試論です。消極的精神療法という命名については、誤解を生むのではないかという指摘もありました。消極的という言葉に、熱意がないとか責任を持たないといったマイナスのイメージが含まれているからです。しかし、精神医療においては、治療者が積極的な介入を行うことが必ずしも良い結果を導くとは限りません。治療者の積極的な介入が、時と場合によっては患者さんの自己治癒力を妨げてしまう可能性があるからです。特に精神療法を行う際には、こうあって欲しいという治療者の願望が、患者さんの自己主張の萌芽を押しつぶしてしまう危険性があることを忘れてはなりません。かつて積極的な精神療法を行っていた私が、自戒の意味も込めてつけたのが消極的精神療法なのです。それでも、どうしても消極的精神療法という名前に抵抗がある方は、治療者にとって消極的な精神療法は、患者さんや家族にとっては自立へ向かうための積極的な治療であると理解していただけたらいいのではないでしょうか。(「あとがき」より)
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