私の妻は、二0一八年十二月八日、六七歳で急逝した。二0一五年一月に大腸がんが見つかり、すぐ手術をうけた。しかし、一年半後にリンパ腺への転移が見つかった。化学療法を続けたものの良い結果は得られなかった。 次ぎの歌は二0一八年一月に、NHK短歌全国大会の特選の一つに選ばれたものである。(題詠「山」) 山ならばアパラチアンが良いと書くいつか来る日の散骨のため 一年前から覚悟をしていて、無念さをこの歌にしたためたに違いない。火葬後の灰は金属製の壺に入れて墓地の一角にある大理石で出来たセルに永久に奉納した。小分けした灰は小さな壺に入れてまだ私の手元にある。この辞世の歌とも言える意思に従い今夏、アパラチア山脈に散灰する予定である。 死後彼女の部屋の大部分が短歌関連の本、創作のファイル類で埋め尽くされていた。幸いにもこれら一部の原稿がパソコンに残されていたのでそれらを元にこの本にまとめた。短歌誌「野榛」(後に「天象」と改題)に一九九四年から二0一二年にかけて掲載された「アメリカ通信」と、ながらみ書房の二0一三年度の「短歌往来」誌に一年間連載された「アメリカ通信」、「世界樹」に掲載された短歌を中心にし、さらにオリジナルの短歌を加えた。
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