「文治派」義隆は虚像だったのか?
富と栄達を叶えた男の真実に迫る。
大内義隆(1507年から1551年)戦国大名。
石見銀山の経営や、遣明船貿易を行い、周防山口を西の京と呼ばれるほど繁栄させた義隆。朝廷との交流を深め一族で高い官位を授与された事実や、文治派のイメージを払拭するほどの数々の武功にも焦点を当て、その生涯に迫る。
はしがき
序 章 栄光の分国
第一章 治世の開始
1 代替わり徳政
2 肥前国少弐家との戦い
3 細川高国の戦死
4 豊後国大友義鑑の策謀
第二章 北九州の戦乱
1 戦況の変化
2 戦局の好転
3 将軍の上使
4 大宰大弐の含意
第三章 安芸の戦乱
1 大内家諸大夫と率兵上洛計画
2 外交の虚と実
3 それぞれの本音
4 尼子詮久の「安芸遠征」
第四章 「出雲遠征」の失敗
1 吉田郡山の攻防
2 「出雲遠征」の開始
3 出雲国月山富田城の戦い
第五章 分国の再建
1 山口における警察・検察業務
2 龍造寺氏の浮沈
3 客将胤栄
4 兵部卿*義隆
第六章 戦勝と終極
1 終わりのはじまり
2 御家競望
3 二階崩れの余波
4 獲麟のとき
終 章 義隆の残照と余徳
参考文献
典拠史料の略称
あとがき
大内義隆略年譜
事項索引
人名索引
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