歌人の「痕跡」を辿り、歌から人を描き出す労作
柿本人麻呂、小野小町……和歌と痕跡から辿る旅路
日本史を知っている、歴史に残る名跡を知っていると思ってはいても、本当の意味で「知る」ためには、当時の人々の心情や、現在までの時の流れにも思いをはせる必要がある。本書は柿本人麻呂の足跡を実際にたどりながら、各地に残る人麻呂の「痕跡」を辿る「旅路」そのものである。
信仰対象となった柿本人麻呂
政府の観光政策振興も手伝って、日本を訪れる外国人観光客の数が急増している。「他の国とは違う、独自の文化や雰囲気」に浸りたいという異文化体験を求めてくる人が多いのではないかと思うが、一方で心配なのは「日本人がどこまで、自国の文化について外国人観光客に説明できるか」だ。もちろんガイド職を担っている人たちは、観光スポットの歴史的意義や由来を知識として持っているだろう。だがそれだけでは飽き足りない観光客もいるに違いない。本書はそのことに気づかせてくれる。
本書の第一部では柿本人麻呂の歴史や歌、それに関する社会学や民俗学の論文を辿るだけでなく、現地を訪ねながら歴史に思いをはせ、また人麻呂が柿にまつわる供物を捧げる伝承のある「人丸社」として定着したことを綴っている。
こうした、現地を巡りながら1000年以上昔の「痕跡」を見出し、現在とつなげる営みは、まさに日本を知りたい外国人観光客はもちろんのこと、単に歌人としての柿本人麻呂の名を知っているだけに過ぎない日本人にとっても、蒙を啓かれることになるだろう。
それは第一章だけでなく、「序に代えて」として書かれている「初瀬詣での道」を読んでも、「あとがき」を読んでもよくわかる。和歌は現代語訳にしてしまえばそのたたずまいが失われてしまうし、英訳すればなおさらそうなのだろうが、それでもこの一文が英訳されて、京都を訪れる観光客の手に渡れば、日本観光の「深み」は格段に深いものとなろう。日本の独自の文化は、長い年月をかけて蓄積されたものであり、変わるものと変わらないもの、今もその痕跡を確かめられることの価値を噛みしめられるに違いない。
伝承古層の地への旅
本書の「あとがき」では、小野小町について、歌だけでなく各地に残る伝承をも引きながら、現代に残る小町の「影」を感じ取る著者の思いが綴られている。
小野小町という名や歌を知らない人はいないが、恋を詠った小町がその後、どのような形で語り継がれてきたかを知る人は実はそう多くないのではないか。著者は京都や秋田などを巡りながら、恋の歌を詠った若き小町ではなく、年老いて老醜をさらす小町や、小町がモデルとも言われている「九相図」--野外に打ち捨てられた死体が朽ちていく様子を九つの段階に分けて描いた仏教の絵ーーに出会う。
近年、恋愛小説の名手である高樹のぶ子氏が『小説 小野小町』(日経BP)を著し、歌だけでなくその人生を巧みに描いて見せて大きな話題になっているが、著者の岩谷氏もまた、自分の足と感性で「小町」に迫っているといえる。
著者はこう語る。
〈私の伝承古層の地への旅は、まだ終わりそうにありません〉
著者が他にどのような「旅」を見せてくれるのか、他の作品も読んでみたくなる。そして本書を読めば、和歌や伝承、あるいは本書を片手に、歴史の痕跡を巡る旅に出たくなる。
歴史上の人々もみな、最後は老いて朽ちたように、我々もまた、やがて老いて朽ちる身。歴史に名を遺す人物たちはその痕跡を現代に残しながら、人としての生き方をも我々に教えてくれているわけだが、それは著者のように、歴史上の人物や残された歌に本当の意味で耳を傾けなければ得られない。そのことを、本書は教えてくれる。
文=梶原麻衣子
【著者紹介】
岩谷征捷(いわや・せいしょう)
小説、評論、随筆
(株)22世紀アートの本として『父と兄の時間ー戦後小説を読み解く』(電子書籍)『ゆきあひ』『祈りのように』『残景』(岩谷征捷の文学世界3部作、POD出版)がある
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