石川 啄木(1886〜1912。享年26歳)。「私は本書の中で、啄木における労働者性といったことを明らかにしたいと思いました。そのために、〈工場法〉と〈ストライキ〉をそれぞれの部立てとして、啄木の労働者観とその到達点を明らかにしようと思いました」(「あとがき」より)。本書末尾に掲載された詩稿では、冒頭、啄木が死の三か月前に記した言葉「団結すれば勝つ」「多数は力なり」を引用し、「啄木が生きていたら、さらに前に進むために、何を発見し得ただろうか。〈敵〉とたたかう〈連帯〉の発見! かけがえもない、その発見は偉大であった」と結ぶ。
本書は、長く啄木に親しみ、取り組んできた歌人による力作評論である。
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私は本書の中で、啄木における労働者性といったことを明らかにしたいと思いました。そのために、「工場法」と「ストライキ」をそれぞれの部立てとして、啄木の労働者観とその到達点を明らかにしようと思いました。(「あとがき」より)
〈目次〉
第一部 石川啄木と「工場法」
(1) 小樽から釧路へ
─社会主義への無関心の心の呪縛をといて
(2) 砲兵工廠の煙の認識と発展
(3) 「百回通信」にみる「工場法案」と議会(その1)
(4) 「泣いてやりしかな」考1
(5) 「赤旗事件」と啄木の反応
(6) 平民書房「屋上演説事件」
(7) 「百回通信」にみる「工場法案」と議会(その2)
(8) 第二十七帝国議会1
(9) 啄木の「大逆罪」の認識は早かった
(10) 矢代東村「絞首台」の歌
(11) 第二十七帝国議会2
(12) 「泣いてやりしかな」考2
(13) マルクスの「工場法」との出合い
第二部 石川啄木とストライキ
(1) 啄木における第一のストライキ
(2) 時代を負った言葉
(3) 「ひそかに淋し」考
(4) 啄木における第二のストライキ
(5) 二つのストライキをめぐって
(6) 渋民村時代の啄木の思想状況
(7) 矛盾する思想
(8) 啄木の「一元二面観」と現実
(9) 東北線機関方のストライキ
(10) 啄木書簡ー海沼慶治宛ーをめぐって
(11) 啄木の眼を開かせたストライキ
ー「連帯」の発見
「連帯」の発見
あとがき
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