ニコライ一世治下のロシアはその帝政史上、言論統制の最も厳しい時代だったが、皮肉にも、思想の世界には稀に見る豊穣な果実をもたらした。「西欧主義」と「スラヴ主義」という二大潮流が生まれたのである。流刑先から戻ったゲルツェンは、両者の間で繰り広げられた激しい論争で、主役の一人であった。(全七冊)
凡 例
ゲルツェン関係地図
モスクワ要図
ゲルツェン家系図
第四部 モスクワ、ペテルブルク、ノヴゴロド(承前) (一八四〇-一八四七)
第二十六章 ペテルブルク
警告
度重なる取り調べ
オリガ・アレクサーンドロヴナ・ジェレプツォーワ
二度目の流刑
第二十七章 ノヴゴロド
ノヴゴロド県庁
分離派教徒とパーヴェル帝
地主の権力濫用
アラクチェーエフの屯田兵制度
第二十八章 村の出来事
悩み
ポクローフスコエ村
マトヴェイの死
司祭イオアン
第二十九章 われわれの仲間
1 青春の最後の日々
モスクワのグループ
食卓での会話
西欧派ボトキン、レトキン、クリューコフ、コルシ
ガラーホフ
2 友の墓のかたえで
第三十章 反対者たち
1 〈敵なる友〉たち
スラヴ派と汎スラヴ主義
ピョートル・ヤーコヴレヴィチ・チャアダーエフ
2 対陣
モスクワの文学サロン
アレクセイ・ホミャコーフ
キレーエフスキー兄弟
コンスタンチン・アクサーコフ
《モスクワ人》誌
第三十一章 父の死
父の死
遺産の分配
二人の従兄
第三十二章 われわれのグループの分裂
ソコローヴォへの最後の旅
〈彼方へ! 彼方へ!〉
第三十三章 旅立ちの準備
侍僕の役をする地区警察署長
警視総監ココーシキン
秩序の中の無秩序
出国
ニコライ・ケッチェル(一八四二ー一八四七)
エピローグ
一八四四年のエピソード
訳 注
訳者解説3
略年譜3
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