コロナ禍で大学に通えず、ほとんどの時間を家で悶々と過ごしていた若者。「何でこんなことになるんだ」。ひとり暮らしのアパートから学校へ続く道の途中、踏切の向こう側の建物が目に入る。コンビニへ行くときも前を通る場所。中に入ったことはない。が、ちょっと気になる。教会だった。
「わざわざ日曜日にミサに行くほどの価値があるのだろうか。変な勧誘をされても困るし、初めての場所に顔を出すのは気が重い」。そんな彼を待つ運命はーー。
姜尚中氏推薦!「現代の『ストレイシープ』(迷える子)に捧げる愛の教えの対話」
「数ある教えや思想のなかで、キリスト教にもわりといい見方、考え方があると感じてもらえたら」(著者)。人と人生を比べてみじめな気持ちになる。他人を信用できず、好きになれない。そんな方に、絶望から一歩踏み出すドアのあり処を示してみたい。
<構成>
●一、自分を信じる
●二、人を信じる
●三、明日を信じる
●四、信じる心を育てる
レビュー(4件)
神に委ねる生き方を学ぶ。
私はプロテスタントのクリスチャンだけど、片柳神父の説教が好きで、毎朝のデボーションに用いている。YouTubeで片柳神父が撮影された美しいお花の写真を見て、丁寧な聖書朗読を聴いて、神様の愛に心を開く時間をもち、祈りを捧げて一日を始める。この10分くらいの時間で心が潤って、目に映る風景が全く違って見えるから不思議だ。急に世界に色彩が灯ったように見える。神様の愛は絶えず降り注いでいると、信じないではいられない。 この本は私にとって6冊目の片柳神父の著書だけど、求道し始めたばかりの学生と、それに向き合う神父の対話形式で構成されていて、非常に面白い。学生の質問を読むたびに「私ならどう答えるかなぁ」と考えさせられ、神父の言葉にハッとさせられることが多かった。 片柳神父の言葉が心に染みるのは、黙想して辿り着いた真理や、本心からの純粋な想いを語ることに集中されており、誰とも戦っていない姿勢にあるのかもしれない。静かに湧き出る泉のような文章に「誰でも渇いているなら、私のもとに来て飲みなさい」という聖書の御言葉が浮かんでくる。毎日イエスの弟子として尊い働きを続けながら、この本の帯のように「もう無理です。あとはあなたがやってください」と、神に祈ることも多々あるだろう。そこで与えられた恵みを、私達に分けてくださっている。この本のなかに生きて働くイエスの愛を見るからだ。 苦しいとき、出口が見えないとき、自分を見失いそうになったとき、暗闇に光が差し込むことを信じて、私も同じ台詞を言おうと思う。「光は闇のなかに輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった」のだから。神と繋がる幸せ、共に生きる喜びは、なんて尊いことか……賛美と感謝を捧げて生きたい。
コロナ禍を乗り越える為に
コロナ禍で疲れてしまった心に元気を貰えました。自分や人を信じる気持ちになれました。 読みやすく癒される良書でとてもおすすめです