本書は、前著『露源と覆蔵ー現象学から宗教哲学へ』の続編である。道元の禅思想にみる存在論、西田幾多郎の〈絶対無〉と〈逆対応〉の論理、鈴木大拙が説く〈即非〉の論理、そしてハイデガーの〈有〉と〈時〉をめぐる思索それぞれに通底するものを探り、それを「超越的覆蔵性」という著者独自の視点から読み解いた哲学的洞察の書。
第一篇 〈時〉と〈鏡〉、そして〈イコン〉
第一章 〈時〉と〈鏡〉 -道元・西田・ハイデガーの思索をめぐってー
第二章 縁起と性起 -華厳教学の比較思想論的究明ー
第三章 明治期アカデミー哲学の系譜とハイデガーに於ける形而上学の問題 -如来蔵思想とユダヤ・ヘブライ的思惟の収斂点ー
第四章 永遠とイマージュ -直接性と媒介性ー
第二篇 西田哲学の論理的基盤
第一章 『善の研究』という書物 -著者・西田幾多郎の位相ー
第二章 純粋経験の論理 -〈統一的或者〉が意味するものー
第三章 形なきものの形、声なきものの声
第四章 西田哲学に於ける「実在」の論理
第五章 西田哲学に見る禅仏教の特質
第六章 西田哲学の論理的基盤 -〈体・用〉論の視座からー
第三篇 禅の思想
第一章 経験と超越 -禅に於ける〈覚〉とその既在的直接性についてー
第二章 鈴木大拙の禅思想に寄せて -般若即非の真如観から見えてくるものー
第三章 純粋禅を索めて -花園上皇と宗峰妙超ー
第四章 八角の磨盤、空裏を走る -大燈国師と玄慧法印ー
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