ほとんどの認識に記憶は並存している
デカルトの「我思う故に我在り」も「我思う」を「我」が記憶していて初めて成立する。世界を見まわしても、ほとんどの事物、人物は知ったものとして存在している。初めて会う人物も、それが人間であることは知っている。知っているのは記憶による。そして本質である。本質は認識の基礎、原点だとも言える。しかし、世の中では“本質”はとても広い意味で使われている。その広い意味をも踏まえ、そこにどのように記憶が働いているかを見ていかねばならないのだ。とても複雑に働いているが、それを見ることによって本質がより具体的に見えてくるのだ。
第一章 現象から記憶になった時 ;第二章 フッサールの『イデーン』の最初の部分の本質 ;第三章 本質観取 ;第四章 本質と必要=力=意味 ;第五章 絶対的自己所与性 ;第六章 記憶の中の表象の変形 ;第七章 意味と必要=力=意味の関係 ; 第八章 必要=力=意味の構造 ;第九章 本質と必要=力=意味 ; 第十章 「何であるか」のむこう
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