自由と恣意とを何を基準にして弁別するかという、明確な基準の問題は重要である。そして、この基準が明確でないことが、自由と恣意との弁別を不明瞭にし、「自由」の名のもとに恣意がまかり通りという現実を生み出しているのではないか。一方、「平等」理念のもとに国家を運営していた共産圏諸国においては、「平等」という崇高な理想を掲げながら、その理念の真の成立根拠と本質が把捉できていないために、その「平等」理念を現実化する際に、どこかで誤りを犯しているのではないか。本書の主眼は、この二つの理念の成立根拠を人間存在の根底において探究するというものである。
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