ヘーゲルを専門とする著者による思弁的実在論批判。カンタン・メイヤスーを中心として、思弁的実在論と呼ばれる思潮を追い、次いでその思弁的実在論を理論的相関項として持つ加速主義について考察する。二十一世紀の思弁的実在論を経て、十九世紀のカント哲学・ヘーゲル哲学に回帰し、再検討しつつ、カトリーヌ・マラブーとスラヴォイ・ジジェクを援用しながら思弁的実在論の可能性を探ってゆく。
はしがき
第一章 物自体・実在・目的ーー思弁的実在論批判
一 人間が生まれる前に自然は実在したのか
二 メイヤスーのヒューム論
三 思弁的実在論はどこまで評価できるか
四 現代哲学は人間の絶滅を思考し得るか
補論一 精神の出現の偶然性とその絶滅の必然性について
第二章 資本主義は超えられないのか --加速主義批判
一 加速主義とは何か
二 ポスト資本主義について
三 シンギュラリティと精神病理
四 相関の外に出る
補論二 構成主義とは何か
第三章 病の精神哲学
一 カントの心の病論
二 構想力から物自体へ
三 ヘーゲルの心の病論
四 構想力と病の概念
五 カントの無限判断論
六 ヘーゲルの無限判断論
補論三 魂はどこにあるのか
第四章 カントとヘーゲルは思弁的実在論にどう答えるか
一 物自体とは何か
二 カントの目的論と実在論
三 マラブーのカント論におけるエピジェネティクス概念
四 ジジェクのヘーゲル論における世界の闇
五 ジジェクの実在論
六 ジジェクのメイヤスー批判
補論四 ジジェクのパンデミック論
終 章 偶然性を巡るヒューム、カント、ヘーゲル
参考文献
あとがき
人名・事項索引
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