セクシュアル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンス、児童虐待など、ジェンダーと家族に関わる新たな「社会問題」の登場を契機として、「自己決定」する意志と能力を備えた「自由な主体」の間の公正としてイメージされてきた近代的「正義」観の限界が明らかになりつつある。第三者から客観的に見えにくい、そして当事者自身も自覚しにくい、いわゆる「こころの問題」に対して、いかなる“正義”を構想すべきか。自己決定至上主義とパターナリズムの二項対立に回収されない、「私的領域における正義」は可能なのか。デリダ、コーネル、スピヴァック、レイチョウの言説を導きの糸としながら、差異化しつつある正義について考える。
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