『全体性と無限』は「他者の倫理」ではない? 新資料の分析および同時代の社会的・思想的な背景の検討から、新たな解釈を提示する。
近年公刊された講義録や未公開の草稿等の新資料をはじめ『全体性と無限』執筆にいたるまでのテクストをくまなく収集・整理。『全体性と無限』が、フッサール現象学およびハイデガー存在論を批判的に継承し、独自の仕方で「人間」の存在様態の多層性を哲学的に記述する企ての集大成として執筆されたことを示す。
はじめに
第1部 具体的なものと決定的なものーー初期レヴィナスの野心と不安
第1章 フッサール現象学から「具体的なもの」へーー『直観の理論』
第2章 初期レヴィナスにおけるハイデガー存在論の受容
第3章 「決定的なもの」の重み
(A) 「仏独文化における精神性の理解」
(B) 「ヒトラー主義の哲学」という転機
(C) 釘付けか逃走か、繫縛か自由かーー「逃走論」
(D) ユダヤ性への釘付けーー三〇年代のユダヤ論考
第2部 捕囚・エロス・ある
第1章 企てられた「体系」--「捕囚手帳」におけるレヴィナス思想の萌芽
第2章 文学とエロスーー『著作集』第三巻の未刊小説
第3章 「世界の終わり」とその後ーー『実存から実存者へ』
(A) 「ある」と世界の「脱形態化」
(B) 居場所を見つけた実存者ーー「局所化」の理論
第4章 「ユダヤ的存在」をめぐって
第3部 レヴィナスの「転回」--「哲学コレージュ」の周辺で
第1章 マニフェストとしての『時間と他なるもの』
第2章 「顔」の倫理の誕生ーー「語句の超越」と「発話と沈黙」
第3章 ハイデガーの「権能」批判と「創造」の哲学ーー『実存の発見』と「権能と起源」
第4部 身体・意味・時間ーー『全体性と無限』と人間の多層性
第1章 「存在論」批判と「倫理」の「優位」
(A) 〈同〉の存在論 vs 〈他者〉の倫理?
(B) 「倫理」と「政治」--「存在論」は「専制」的か
第2章 「動物以上、人間未満」--「エトロジー」としての「享受」論
第3章 超越論的意味論としての「責任」論
(A) 「教え」から「無限の観念」へ
(B) 「真理の条件」としての顔の「現前」
(C) 「志向性」としての「応答可能性」
第4章 時間性の問いとしてのエロス論
(A) 「愛撫」と「女性的なもの」
(B) 「家族という驚異」
(C) 時間性の現象学
終章 「人間」の多層性
注
あとがき
参考文献
索引
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