【POD】眠り続けるインカ:コンドルの舞う遠い空の下で
─南米の空を雄大に舞うコンドルに、男はなにを想う─
豊かな観察力に彩られたペルー13日間の旅行記
本書は老境に達した男性の13日間にわたる南米ペルーの旅行記である。グループ旅行にありがちなドタバタの道中をユーモラスに描きつつ、豊かな観察力と歴史の知識、著者自身の様々な思いを折り込みながら執筆されている。旅が進むにつれて、地球の裏側まで足を運んだ「真の目的」が次第に明かされていく。
どたばたツアー、ペルーを目指して
物語は真夜中の米国・ヒューストン空港のシーンから始まる。南米のペルーへ向けた小さなツアーの一行が、予定していたフライトに搭乗できず、代わりのフライトを逃すまいと巨大な空港のコンコースを必死の形相で駆けていく。スーツケースを転がし、足をもつれさせながら駆けるシーンはさもありなん。70歳の男性が息を切らして、ようやく乗り込んだ飛行機の座席に倒れこむ光景は、初めての海外旅行で右も左もわからない著者のバタバタ感がとてもリアルだ。
一行は、メキシコ経由でようやくペルーに入国する。ペルーでは、リマの市街やマチュピチュ、クスコ、チチカカ湖、コンドルの谷、そしてナスカの地上絵と著名な観光地を精力的に巡ることになる。旅の楽しみのひとつに食があるが、著者のペルー各地の食についての描写は、いずれもうまそうではない。旅先で食べる食事への期待と落胆のボヤキが交錯している。これには著者の子ども時代も影響があるのかもしれない。父親からは「どうしてそんなに朝昼晩と毎回不味くてたまらんと言わんばかりに食うんだ。もっと美味そうに食え」と言われていたそうだ。旅の中で供される食事に対する表現はどちらかというと無彩色で味気ない。そうは言いつつ、レストランで「淡水魚の鱒は嫌い」と言いながら完食し、一方でビールに救いを求める姿が切ない。
旅の本当の目的はコンドルなのか
旅の最大の目的は、コンドルを見ることにあったと著者はいう。「コンドルが舞う空」の章で、800枚ものコンドルの写真を撮影したことを明かす。
チベットやインドの一部で鳥葬の風習があることを知る著者は、ガイドにペルーでも鳥葬を行っていた歴史はあるのかと尋ねるのだが、即座に否定される。コンドルは、インカの王様の生まれ変わりと信じられているかららしい。著者は納得しつつ、「死者の肉体と霊魂は鳥に食べられて天に運ばれるという宗教的天上他界観念に裏打ちされているものと思われる」と、しばし鳥葬に思いをはせる場面がある。
著者はなぜ、地球の裏側のペルーまで、飛行機を何時間も乗り継ぎながら出かけて行ったのか? 海外旅行ビギナーでも行ける場所はハワイや台湾ではなかったのか?
読者が抱く当然の疑問は、読み進むにつれて氷解していくことになる。
本書を通じてペルーを旅してみては
老境の1人の男性が訪ねた南米ペルー。そこは乾燥してほこりっぽく、雑多で混沌としているが、大空を悠々と飛ぶコンドルが象徴するインカの香りが漂う土地だ。人生を重ね、自分が何者であるかを知り、人生の終わりを意識する人にとって、本書は共感できる要素をいくつも持っている。
ペルーを旅したことがない人にとっても、この本を通して南米の著名な観光地をイメージできる。「マチュピチュとナスカの地上絵は、実は同じ国にあったのか」と、散逸していた南米の歴史的遺産を関連づけることもできるので、是非一読をおすすめしたい。
文・蜂巣 稔
[著者プロフィール]
小牟禮 昭憲(こむれ・あきのり)
1950年、鹿児島県生まれ。小学校・中学校・高校と地元で過ごす。1968年日本大学芸術学部入学。1978年卒業。この間同級生の佐藤万知子氏と結婚、本格的に執筆活動を始める。1980年、夫婦で白梅学園短期大学心理技術科に入学、心理学を学ぶ。1982年卒業と同時に妻の故郷である福島県福島市に転居。2000年、「群青の彼方」(終わりのない旅)を発表、2002年「続・群青の彼方」(続・終わりのない旅)を発表。2015年、妻死去。
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