民族学が教える通り、未開人は死=殺害の禁忌と並んで性的事象を強くタブー視してきた。“死”に劣らぬ荒々しい力である“性”にそのまま従うことを拒否して、それを制約づけ規範化しようとするところに“人間的な性”がある。触れてはならない、怖ろしい、と押しとどめる力が抵抗するにもかかわらず、その抵抗をのり超えて近づこうとする欲望する次元、それこそがエロティシズムだ。禁忌をあえて破り侵犯することの魅惑。そこに生れる聖性ー。三部作として構想された『呪われた部分』の第二巻。バタイユのまなざしはスリリングに、容赦なくエロティシズムの本質を暴いてゆく。
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144ページ 思考とは、感情と情熱とをけっして実現されることのない経済的打算に従属させることである。 人類は、教師に従順な子どもがそうするように、導かれるままになっている。貧しさの感情が人類を 麻痺させている。だが、人類が盾にとる万人の利益というものが意味を持つのは、恐怖が支配し、エネルギーが欠乏しているかぎりにおいてである。 まさに、今のトランプ独裁そのものを象徴している。ジョルジュ・バタイユ氏は、予言者でもあった。 しかし、あのマルキド・サドは、ジャコバン党員であり、バスティーユに収監されていた。 安っぽい、暴力がサディズムとする、低俗な日本。ジャコバンは、愛国運動の原点だった事を思うべきだ。 レコンキスタ、それこそが、今の日本に必要である。この本は、タイトルがセンセーショナルだが 鋭い社会批判と、その対策を示唆してくれる一冊なのである。心ある者は、要購読の事。