【輸入盤】フルート四重奏曲集 ジネーヴラ・ペトルッチ、ダーヴィド三重奏(2CD)
: リース、フェルディナント(1784-1838)
モーツァルトに続く魅力ある作品群!
フェルディナント・リース:フルート四重奏曲集(2CD)
ジネーヴラ・ペトルッチ(フルート)、ダーヴィド三重奏団
2023年にベートーヴェンのフルート室内楽作品全集(BRL96494)をリリースしていたジネーヴラ・ペトルッチが、今度はベートーヴェンゆかりの人物であるフェルディナント・リースのフルート四重奏曲をに取り組みました。共演は2024年にウォルフ=フェラリの弦楽三重奏曲(BRL96816)をリリースしていたダーヴィド三重奏団。
ブックレット(英語・12ページ)には、演奏のペトルッチによる解説などが掲載。
モーツァルトに続く力作群
フルート四重奏曲は古典派時代にはモーツァルト以外にも、カンナビヒ、アーベル、シュターミッツ、ヴェントリング、トエスキの作品などがありましたが、どれも無名に近い存在だったため、協奏曲的な力強さも兼ね備えたフェルディナント・リースの6作品が普及すれば、フルート四重奏のジャンルとしての存在感も高まりそうです。
ロンドン時代の3作品
CD1、Op.145の3曲は、リースがロンドンに住んでいた1814年と1815年に作曲。当時のロンドンではフルートが大変人気がありました。リースの四重奏曲は、特に協奏的な性質により、特別な意味を持っています。フルートには素晴らしいパッセージがいくつかありますが、テーマと展開は 4 つの楽器すべてに共通しています。
これらの作品の表現力豊かな個性と、主人公たちの間の独創的で一貫した対話により、これらの作品はレパートリーの中でも注目すべき位置を占め、おそらくモーツァルトの作品に次ぐこのジャンルの最高の作品の1つとなっています。
ドイツ時代のWoO35の3曲
CD2、WoO35の3曲は、リースがドイツに帰国した晩年(といっても40代)に作曲。最初の四重奏曲はゴーデスベルクで、他の2つはフランクフルトで作曲。ドレスデンの有名なフルート奏者兼ソリストで、ヴェーバーの友人でもあったアントン・ベルンハルト・フュルステナウ(1792-1852)のために書かれたものと推測されています。
▶ Brilliant Classicsのフルート録音を検索 作曲家情報 1784-1797 ボン (ケルン選帝侯領→フランス領) (約13年)◆1784年11月28日、ケルン選帝侯領の首都ボンで誕生し、翌日受洗。両親はカトリック信徒のフランツ・アントン・リース(1755-1846)とアンナ・ゲルハルディーナ・リース(旧姓:ホルスト)(1761-1805)。長男。
◆父:フランツ・アントン・リース(1755-1846)は、14歳で選帝侯宮廷楽団の第1ヴァイオリン奏者になり、19歳で楽団長、25歳で年俸400グルデン(約200万円相当)、36歳で選帝侯音楽監督に就任。少年時代のベートーヴェンにヴァイオリンを教えたほか、ベートーヴェン家を支援。
◆祖父:ヨハン・リース(1723-1784)は、選帝侯宮廷楽団で、トランペット奏者、ヴァイオリン奏者を務めたほか、テノール歌手、作曲家としても活動。狩猟愛好家のケルン選帝侯で大司教のクレメンス・アウグストのために、狩猟音楽「聖フーベルトゥスのミサ曲」(1756)なども作曲。
◆末弟:フーベルト・リース(1802-1886)は、ヴァイオリン奏者、作曲家。
◆リースは5歳から父にピアノと音楽全般の指導を受けたほか、父の同僚でチェロの名手であるベルンハルト・ロンベルク(1767-1841)にチェロを師事。
◆1794年、フランス革命軍がボンを占領。
◆1794年、宮廷組織解体により失業した父は、フランス軍占領下で、徴税人、ヴァイオリン教師などさまざまな仕事をおこなって家計を維持。
◆1797年、父は知人のオルガン奏者にヴァイオリンなどを師事させるため、リースをアルンスベルクに向かわせます。
♪ メヌエット、弦楽四重奏曲 1797-1798 アルンスベルク (ヴェストファーレン公国) (約9か月)◆1797年12月頃、父の知人のオルガン奏者からオルガン演奏と通奏低音の指導を受けるよう師事され、ケルン選帝侯領のアルンスベ
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