広田弘毅(1878年から1948年)外交官・政治家。
外交官として欧米局長や駐ソ連大使などを経て、外相や首相を歴任。英米との協調を模索しつつ、中国政策をめぐって対軍部コントロールに苦慮する。東京裁判でA級戦犯として処刑された唯一の文官であり、悲劇の宰相として知られる。
序 章 さまざまな広田弘毅像
1 フィクションとノンフィクションの間
2 研究史のなかの広田弘毅
3 広田外交をめぐる三つの論点
第一章 青雲の志はどこへ向かったか
1 立身出世
2 思想形成
3 上 京
第二章 外交官としてのキャリア形成
1 外交官としての出発点
2 清国からイギリスへ
3 本省勤務
4 ワシントン
5 情報部から欧米局へ
6 モスクワ
第三章 試される「和協」外交
1 外相就任
2 広田外交の構図
3 議会における論戦
4 対中外交
5 ダメージコントロール外交
6 広田外交の国内基盤
第四章 国家の革新に乗り出す
1 首相就任
2 革新政策
3 広田内閣の外交
4 広田内閣の内政
第五章 なぜ日中戦争の拡大を止められなかったのか
1 ポスト広田内閣
2 再び外相へ
3 日中戦争の勃発
4 和平工作の展開
5 暗礁に乗り上げる和平工作
6 「対手トセス」声明とその帰結
第六章 戦争の終結を求めて
1 国内革新政策
2 対英米外交
3 外相退任
4 貴族院議員として
5 重臣として
6 最後の和平努力
第七章 歴史の審判
1 戦犯容疑者
2 巣鴨プリズン
3 東京裁判の開廷
4 末期の言葉
終 章 広田弘毅とその時代
参考文献
あとがき
広田弘毅略年譜
事項索引
人名索引
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