近代化遺産、2025年に撤去される歩行者・二輪車専用の河西橋は、もとは1914年に竣工した鉄道橋であった。継ぎ接ぎ姿と史料の分析から、鉄道省と加太軽便鉄道が行った秘密裏の設計変更や、杜撰な嵩上げ工事の実態、1953年以降の三度の水害による部材の取替過程を明らかにした。
はじめに
第一章 被災と復旧の歴史
一 橋の沿革
(1)鉄道橋の建設
(2)鉄道路線廃止の原因
(3)道路橋に再生
(4)度重なる被災 - 第二室戸台風・台風24号 -
二 継ぎ接ぎの歴史
(1)航空写真から見る橋の変遷
(2)橋の現状
1橋脚/2橋台/3橋桁/4支承/5床版/6高欄/7ブラケット
(3)橋脚流失の原因究明に向けて
第二章 加太軽便鉄道紀ノ川橋梁建設の謎
一 現の当初橋梁
(1)新聞報道にみる建設の様子
(2)史料9・10と現状 -橋脚は和歌山県最古のRC構造物ー
(3)列車転落事故
二 幻の当初橋梁
(1)国立公文書館史料にみる当初橋梁計画
(2)当初計画の橋梁の姿
(3)当初橋梁建設をめぐる謎
1幾つかの矛盾点
(4)木造橋脚・鉄管柱橋脚の歴史
(5)規制緩和の軽便鉄道法
1国の基本方針とその変節/2軽便鉄道法の制定/3矛盾点の真相
(6)時代遅れの紀ノ川橋梁
1強度不足に直面/2紀ノ川橋梁の動荷重
第三章 終わりの始まり
一 本章の目的
二 紀の川の改修
三 加太軽便鉄道の動き
四 橋梁嵩上工事の実態
(1)二重構造の水中基礎 -杜撰な施工精度ー
(2)上端RC部の高さと位置の相関性
(3)二重構造基礎と上端RC部の意義
1遺構から知る両岸堤防の高低差/2史料から知る両岸堤防の高低差
五 強度を顧みない場当り的工法
六 河西北橋の存在と橋長
おわりに
補注/参考文献
第3・4・5表
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