2000年代半ばにアタリショックは「任天堂がアタリ社との裁判に勝つために言い出した方便に過ぎない」的な主張がとあるブログでなされました。真偽を確かめるべく、当方が保有していたゲーム関連の資料と新たに収集した資料は合わせて2000点近くになり、これらの資料からアタリショックという言葉がいつ出現し、誰が言い出したのかをおおよそ推定することができました。そればかりではなく、調べ始めた当初は思いもよらなかった結果にたどり着きました。すべては「あべこべ」だったのです。本書の内容。ビデオーゲームはホームコンピュータに吸収されたのか?米国ゲーム市場の崩壊を、日本国内で報道されていたリアルタイム資料から克明に描く。アタリショックは任天堂がアタリ社との裁判に勝つために言い出した方便に過ぎないのか?アタリ社と任天堂の裁判経過の詳細。アタリショックという言葉はいつだれが言い出したのか?1983年から現在に至るまで、山内溥を中心としたゲーム業界関係者の、米国市場崩壊に関する言及70点以上を時系列に掲載。アタリショック当時の市場規模はそもそもどれくらい正確に算出できているのか?Nintendo Of America 提供資料以外の市場規模も検討。その他任天堂と池上通信機との間で争われた「ドンキーコング裁判」シアトルマリナーズ買収任天堂ショックLSIショック第2次アタリショック32bit64bit機戦争任天堂の創業期から「NINTENDO64」までの期間を中心に扱っています。総文字数約12万文字強。主要参考文献250点以上。資料性が極めて高いものとなっております。
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