星野仙一監督のもと、広報担当、投手コーチ、ファームディレクターとして第一次、二次政権を、楽天でもスカウトとして長年にわたり支え続けた「番頭役」が、現役時代の出会いから突然の別れまで41年にわたる「熱将」との日々を回想する待望の一冊。1976年、当時26歳の「子連れルーキー」として中日ドラゴンズに社会人野球から入団した早川実は、入団1年目の開幕直後、2日連続でリリーフに立ち、味方打線の逆転打により2勝をマークする。この時点でまだ1勝だったエースの星野仙一から「俺よりも勝っとるやないか」と声をかけられたのが41年に及ぶ交流の始まりだった。結局、プロ通算勝利はこの2勝だけで、4年で戦力外となり打撃投手兼用具係に転じた早川を、1986年オフ、中日の新監督に就任した星野は広報担当兼投手コーチ補佐に起用する。そこから始まったのはまさに激動の日々。「世紀のトレード」で獲得した落合博満の入団、プロ初登板で巨人を相手にノーヒットノーランを演じた近藤真一、1988年の初優勝、突然の病に襲われた夫人を介護するための勇退、再登板と愛妻の死を乗り越えての二度目の優勝、世間を驚かせた阪神監督への転身、無念の結果に終わった北京五輪、楽天監督就任と東日本大震災、そして開幕から24連勝の快挙を成し遂げたエース田中将大を擁してリーグ優勝を果たし、日本シリーズでは宿敵巨人と第7戦までもつれ込む激闘を繰り広げた末、地元仙台でついに現役、監督時代を通じて初の日本一を達成する。翌2014年を最後に星野は監督を勇退し、球団副会長に就任。早川はスカウトとして則本昂大、松井裕樹ら次世代を担う逸材を獲得する。2017年、星野は晴れて野球殿堂入りを果たし、同年末に東京と大阪で記念パーティーが開催されるが、翌2018年の年明け早々、衝撃的なニュースがもたらされる…。
レビュー(0件)