本書は、日本語や英語・フランス語・ドイツ語における語りの問題、特に自由間接話法をはじめとする主観性関連の諸現象への複合的なアプローチの試みである。15篇の論文それぞれの関心は相互に重なり合うが、第1章では言語学的問題、第2章では文学論・物語論、第3章では言語以外の表現形態との接点について主として考察している。
執筆者:赤羽研三、阿部宏、石田雄樹、出原健一、川島浩一郎、小林亜希、嶋崎啓、鈴木康志、田原いずみ、平塚徹、深井陽介、牧彩花、松澤和宏、三瓶裕文、吉川一義
まえがき
第1章 話法と構造
単純過去の主観的用法とイストワールの起源
平塚徹
自由間接話法、光と影の研究史から
“Tomorrow was Christmas.”と“I am to blame for everything.”について
鈴木康志
ドイツ語の自由間接話法
嶋崎啓
語りの中の匿名の発話行為
阿部宏
メタファーおよびメトニミーの成立過程における主観的な弁別の解消
中和の理論の転義への応用
川島浩一郎
第2章 物語と主体
The Inheritors (1955)における焦点化の問題 主観性の揺らぎをめぐって
小林亜希
自由間接話法の周辺
主観化の文脈効果と語りの文から自由間接話法までの連続体
田原いずみ
一人称小説における自由間接文体と中動態 モディアノの場合
赤羽研三
レチフ・ド・ラ・ブルトンヌにおける一人称の語りの多層性とその変遷
石田雄樹
プルーストにおける自由間接話法と分身の声
吉川一義
フローベールの〈主観的語り〉(自由間接話法と視点)の文脈依存性について
『ボヴァリー夫人』『感情教育』『純な心』の場合
松澤和宏
自伝的フィクションにおける「私」の多重性
ミュッセ『世紀児の告白』とランボー『地獄の季節』の比較を中心に
深井陽介
第3章 言葉とイメージ
マンガの主観表現から言語の主観表現を考える
出原健一
一人称詞を用いた引用発話に潜む「声」 日仏対照の観点から
牧彩花
三人称小説における語り手の視点
ドイツ語の〈三人称的〉語りと日本語の〈一人称的〉語り
三瓶裕文
あとがき
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