魚の話題としては本書は少々ユニークなものになろうかと思います。というのも「魚食文化」に深く関わる「におい」と、自然界における「魚の生き方」とを、ある一つのものを軸にして、ときに周辺のものと比べながら話をしようとしているからです。さて、「魚」と聞けば、魚釣り、水族館やペットショップで水中遊泳する生きた魚から、スーパーマーケットの水産物売り場の動かなくなった骸(むくろ)まで、生活の中に様々な姿の魚のイメージが湧くもの。魚食を誇る日本人なら決して絵空事には陥らないものです。ところで、大人にも子供にも魚を食べるのが苦手な「魚嫌い派」はいます。魚嫌いの子供が真っ先に訴えるのは「骨による食べにくさ」です。不器用な子供らにとって、身肉から骨をより分け食べるのは大変な面倒でしょう。そしてこれとは別の理由に、魚特有の「生ぐささ」があります。こちらに難色を示すグループの人たちは生ぐささに非常に敏感で、においという嗅覚的な事情で魚食を好みません。忌避され厄介扱いされる魚の生ぐささではありますが、皆無ともなれば、ある意味海のもの固有の風味、微妙な素材の「らしさ」を損ないかねないし、そしてさらに一部の海洋生物の生存に不具合も生じます。魚は身近な食材でもあるわけですが、海産の魚介類には特有の成分「トリメチルアミンオキシド」が含まれます。これが海産物に固有の性質をもたらしています。さらにこの物質からはオキシドすなわち酸素が放出して「トリメチルアミン」が生じます。実はこの物質の影響は大きく、お馴染み海の幸に良くも悪くもある種の「生ぐささ」「シーフードらしさ」をもたらしている、無視できない存在です。こうした興味深い一成分の魅力を紹介すべく、トリメチルアミンが発揮する魚のにおいや調理香気、そしてトリメチルアミンオキシドの意外な機能を、「魚食をサイエンスする」との構想の下、執筆したのが本書です。内容は「魚の生ぐささ」から海の生物の「環境適応」にまで進み、トリメチルアミンに関する一連の話題を提供しています。
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