妄説、打破!
信長は戦前まで人気がなかった。秀吉は人たらしでなく邪悪だった!?
時代ごとに人物像は変化していた。最新研究による実像に加え、虚像の変遷から日本人の歴史認識の特徴まで解析した画期的論考。
画期的に見える人物像も、100年前の焼き直しにすぎないものが多い。
織田信長は革命児、豊臣秀吉は人たらしで徳川家康は狸親父。明智光秀は常識人で、斎藤道三は革新者、石田三成は君側の奸で、真田信繁は名軍師。
このようなイメージは、わずか数十年前にできたものが実は多い。
彼らの虚像と実像を通して、江戸、明治、大正、昭和と、時代ごとの価値観まで浮き彫りにする!
■光秀=「温厚な常識人」は一冊のベストセラーがつくった。
■油売りでも革新者でもなかった道三
■信長は将軍も天皇も尊重していた
■秀吉の評価ポイントは勤王と海外進出
■江戸時代にも三成肯定論はあった
■幸村は「軍師」ではなく「現場指揮官」だった
■司馬遼太郎の家康論は徳富蘇峰の受け売り!?
■歴史小説・ドラマの源流は“蘇峰史観”にあり!
■「野心家・光秀」はなぜ定着しなかったのか?
■信長の「勤王」こそ「革命」だった!?
■徳川政権への不満が生んだ秀吉人気
■三成忠臣/奸臣論が見落としてきたもの
■超人化していった真田幸村
■賞賛されていた家康の謀略
【目次】
はじめに
第一章 明智光秀ーー常識人だったのか?
第二章 斎藤道三ーー「美濃のマムシ」は本当か?
第三章 織田信長ーー革命児だったのか?
第四章 豊臣秀吉ーー人たらしだったのか?
第五章 石田三成ーー君側の奸だったのか?
第六章 真田信繁ーー名軍師だったのか?
第七章 徳川家康ーー狸親父だったのか?
終 章 大衆的歴史観の変遷
あとがき
参考文献
はじめに
第一章 明智光秀ーー常識人だったのか?
第一節 近世の明智光秀像
第二節 近代の明智光秀像
第三節 戦後の明智光秀像
第二章 斎藤道三ーー「美濃のマムシ」は本当か?
第一節 近世の斎藤道三像
第二節 戦前 ・戦後の斎藤道三像
第三節 斎藤道三の実像
第三章 織田信長ーー革命児だったのか?
第一節 近世の織田信長像
第二節 近代の織田信長像
第三節 戦後の織田信長像
第四章 豊臣秀吉ーー人たらしだったのか?
第一節 近世の豊臣秀吉像
第二節 明治・大正期の豊臣秀吉像
第三節 戦前・戦後の豊臣秀吉像
第五章 石田三成ーー君側の奸だったのか?
第一節 近世の石田三成像
第二節 明治・大正の石田三成像
第三節 戦前・戦後の石田三成像
第六章 真田信繁ーー名軍師だったのか?
第一節 近世の真田信繁像
第二節 明治・大正の真田信繁像
第三節 戦前・戦後の真田信繁像
第七章 徳川家康ーー狸親父だったのか?
第一節 近世の徳川家康像
第二節 明治・大正の徳川家康像
第三節 戦後の徳川家康像
終 章 大衆的歴史観の変遷
「革命児信長」像は戦前からある/司馬遼太郎によって作られた伝説/時代に翻弄された英雄像/江戸時代の人物像の複雑さ/歴史を教訓にすることの危険性
あとがき
参考文献
レビュー(17件)
内容的には新知見が多く参考になるし面白い、でも何か呉座さんの著作って読みづらさがあるというか 無理に捻りを加えて難しくしている印象がある、名著だけど応仁の乱もそう。好みは人それぞれで自分の 知識不足が原因かもしれないが新書ではもう少し読みやすさも考慮してほしい。呉座さんが若手の範疇に入る研究者だからこそ読者の1人として提言したい。
戦国武将に対する評価を行いながら、時代背景や思想によって変遷する、いわゆる「大衆的歴史観」(例えば、司馬史観)を考察するもの。著者特有の、鋭い論法で、次々と、時代に翻弄される「人物像」が暴かれることが大変興味深い。 一方、フィクションである「歴史小説」から教訓を得ることよりも、同じくフィクションであるコミックから学んだ方が、より健全であるという意見は、納得しかねる。その具体的理由を、変遷する「人物像」と同様に、明示してもらいたかった。 真意が定かでない逸話、言い伝えが多い。しかし、それを理解、認識したうえで、そこから、教訓や社会洞察、はたまた、「日本人とはなにか」を導き出す(思考、考察して、論じる)ことが、それほど問題であるとは思わない。私は、司馬遼太郎氏の歴史小説(フィクション)を触媒にして、人生上の様々な「解」を導き出すことを好む。過去2000年分の史実がすべて記録として残っている歴史など、なんと味気ないものか。