【POD】核と原発 ヒロシマ・ナガサキ、ビキニ、そしてフクシマを繋ぐ悲劇の誕生
「ヒロシマ・ナガサキ」への原爆投下は、プロローグに過ぎなかった━━20世紀の科学における最大の業績は「核分裂の発見」と言われ、それは第2次世界大戦を通じて「核爆弾」として結実し、日本はこれによって、未曽有の被害を受けた。だが、じつは、ここから、アメリカを始めとして「核と原発」が拡散していった。なぜなら、「核」も「原発」も、「核分裂の際に発生する膨大なエネルギーを利用する」という点において、仕組みは全く同じで、原発とは核爆弾の民生利用に過ぎない。ここから「ウラン鉱を売りつけて、ボロ儲けする」という一大ビジネスがスタートしたのである。
アメリカは、このヒロシマ・ナガサキはもとより、その後、ビキニでの水爆実験で被爆した第五福竜丸の乗組員の病理データも丸ごと収奪し、要は、日本人を「人体実験としてのモルモット」にすることで、「兵器たる核爆弾の威力」をつぶさに調べ上げていた。一方、ビキニでの第五福竜丸被爆をきっかけに、唯一の被爆国である日本から「反核運動」が全世界に向かって、燎原の火のごとく広がっていったが、時期としては、アメリカが日本を含めた西側同盟国に、核兵器を配備していったのとパラレルだった。
このとき、アメリカが思いついたのは「毒をもって毒を制す」とばかり、反核運動に対する“解毒剤”として、「原発」を日本に持ち込むことだった。そこから「唯一の被爆国であるからこそ、その大変さがわかる」と、「核はノーでも原発はイエス」との何とも倒錯した主張を左派陣営までもが掲げ、何はともあれ、「核と原発」はまさしくセットの形で、先進国の中でもなかんずく、この日本において深く取り込まれていったのである。
本書では、これをテーマに、その歴史的由来に始まり、それが今、どのような状況に置かれているかを、徹底解明したもので、日本においても「原子力研究」と「核開発」は表裏一体であり、「もんじゅ」はその象徴である。「3・11」における福島第一原発の爆発事故は、こうした「核と原発」が抱え込んできた矛盾や不条理が臨界点を突破し、一気に炸裂したもので、気鋭のジャーナリストが「見ざる、聞かざる、言わざる」と化しているタブーに果敢に斬り込んで、その「ヒロシマ・ナガサキ、ビキニ、そしてフクシマ」を繋ぐ悲劇の内実をとことんまで抉り出しており、「『核と原発』の辞書」でもある。
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