明治・大正期の軍人・政治家。連合艦隊参謀長として日本海海戦に参加。五つの内閣で海軍大臣を務め、政党勢力と連携しつつ海軍拡張をはかるが、のちワシントン会議の首席全権として軍縮を決断・実行する。首相に就任後、シベリア撤兵を行ない、国際協調外交と普通選挙制の導入など国内改革を目指しつつ在任中に病死するにいたるまでの生涯を描く。
はしがき
第一 誕生から海軍士官になるまで
一 生い立ちー父母と兄姉ー
二 海軍兵学寮・兵学校・大学校時代
三 結婚と母・兄の死
四 造兵監督官になる
第二 日清戦争
一 清国北洋艦隊
二 日清開戦と帰趨
三 海軍省軍務局勤務
第三 日露戦争
一 ロシアの極東進出と日英米の対応
二 日露開戦
三 日本海海戦
第四 軍政家への道
一 海軍次官になるー斎藤実ー加藤友三郎コンビー
二 アメリカ大西洋艦隊の来航
三 呉鎮守府司令長官になるー娘の結婚と娘婿ー
四 第一艦隊司令長官になる
五 第二次大隈内閣と第一次世界大戦参戦
第五 海軍大臣就任と海軍改革
一 海軍大臣になる
二 海軍艦政本部の解体ー海軍艦政部・海軍技術本部への分割ー
三 佐藤鉄太郎軍令部次長の更迭
四 「八八艦隊」計画実現へ
五 寺内正毅内閣とシベリア出兵
第六 原敬内閣
一 「八八艦隊」とその限界
二 原内閣期のシベリア出兵
三 ベルサイユ講和条約と海軍ー加藤友三郎ー島村速雄コンビー
四 潜水艦と飛行機ー新兵器の導入ー
第七 ワシントン会議への道ー首席全権委員に就任ー
一 会議の発端
二 首席全権委員になる
三 ワシントンへー原敬首相暗殺の電報ー
第八 ワシントン会議
一 ヒューズの「爆弾提案」
二 「対米七割」と海軍専門家委員会
三 太平洋防備制限をめぐる紛糾
四 帰国とその後
第九 加藤友三郎内閣ーシベリア撤退と軍縮の実施ー
一 高橋是清の内閣改造失敗と加藤友三郎の登場
二 貴族院内閣首相加藤友三郎ー組閣事情ー
三 シベリア撤兵とその後の対ソ外交
四 軍縮の実施
五 帝国国防方針の改定
六 日中郵便協定問題ー枢密院との確執ー
第一〇 加藤内閣下、最初で最後の第四六議会
一 第四六議会への予算措置
二 陪審制法案・「五校昇格」問題
三 対中国政策ー貴族院の動向ー
四 議会改革
第一一 終焉
一 盟友島村速雄の死
二 財部彪の海相就任事情
三 加藤の死
おわりに
加藤家関係系図
略年譜
参考文献
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