昭和20年代後半の孤児院のドラマ
中学卒業それぞれの選択
来春、中学を卒業して社会人になるーー。
高校への進学率が低い昭和20年代後半、彼らのような子どもは決してめずらしい存在ではなかった。
『僕たちの青い空』は、孤児院で育った子どもたちの成長と葛藤を描いた作品だ。
主人公は思案深く温和な少年、磨周。残り少ない園での暮らしの中、磨周は子どもたちのリーダーとして、彼らの悩みや願いに耳を傾ける。1年後には園を出て社会人になる彼らには、それぞれの運命が待ち受けていた。
現代とは異なる中学卒業の意味
パイロットになりたいという夢を持っている磨周。そこに裕福な家庭の養子縁組が持ちかけられた。仲間たちのことを思いにぎやかな園を離れる寂しさを感じる磨周だが、新しい世界に惹かれていた。
しかし、養子縁組の候補宅での滞在は思い通りにはいかなかった。おばさんの生活は磨周の期待とは違っていたし、お手伝いのお姉さんと親しくなりすぎたせいで、おばさんに咎められた。居場所を見失った磨周は養子縁組を断り、園に戻ることを選ぶ。
成績もよく進学を希望していた真由美。しかし当時、高校に進学する子どもは少数派。孤児だったせいもあり、断念せざるを得ない状況だった。「私は進学したい」とふてくされる真由美だったが「私たち、勉強しようと思ったら、いつでもできるわね」と気を取り直す。磨周も「みんなで夜間高校に行こうかって話をしているんだ」と励ましの言葉をかけた。真由美は磨周の言葉に勇気づけられ、学び続けることを決意する。
章は小さい頃に生き別れた両親が迎えに来る。喜ぶ気持ちはあるものの、料理店への就職が決まっている章は揺れる。両親と暮らした方がいいという園長先生の勧めと、料理が好きなら専門学校に行ってもいいと言う両親に心を動かされたからだ。
孤児院に親が迎えに来てくれるケースは多くない。周囲の子どもたちは章を応援したいと思う一方で、羨望の目で見ていた。親と一緒に暮らすことを夢見るものの、それは本当に幸せなのだろうか。物心ついたときから親がいない孤児院の子どもたちは、自分ならどうするだろうかと思いをめぐらせる。
孤児は「かわいそう」とは限らない
『僕たちの青い空』という本書のタイトルは、孤児院で暮らす中学生たちの夢や希望を象徴しているように思える。孤児である彼らは世間から見れば「かわいそう」な存在かもしれないが、この物語を読んだ読者は、そこで友人を得て幸せに暮らす子どももいるのだと感じるだろう。
養子縁組を持ちかけられた磨周、勉強を続けたい真由美、生き別れた両親が迎えに来た章。彼らは家族や社会との関係を模索しながら、成長していく。彼らの物語は読者に様々な感情や考えを呼び起こすだろう。中学卒業とともに社会人になる人が多数派だった当時。「自分のやりたいこと」を中心に進路選択できる今とはまったく違う時代だったのだろうと考えさせられる。
この本は、家族や友情、夢や現実といったテーマに興味のある人におすすめだ。また、昭和20年代後半の日本の社会情勢に触れることができるのも魅力の一つである。
文:筒井永英
[著者プロフィール]
坂元 達男(さかもと・たつお)
1937年宮崎県都城市生まれ。中学卒業後、就職。機関紙に小説、エッセイ、詩などを寄稿する。20代で勉学の必要性を感じて定時制高校に入学。現在は障がい者関係の活動に勤しむ。宮崎県手をつなぐ育成会都城支部長、宮崎県手をつなぐ育成会監事。
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