本書は、一九七〇年に刊行され多くの読者を得た翻訳書(ウィルヘルム・ライヒ著作集3、太平出版社)の復刻版である(訳者巻頭言を付加)。著者ライヒは、ナチス独裁が確立する時代、自由を懼れ権力にすすんで隷従する人間の心性を直視せよと説きつづけた。精神分析を道具として現代文明社会を鋭く批判した一連の著作は、いまも無二の存在感を放つ。本書はそのなかでも、専門知識がいっさい不要で、日本語にして一五〇頁ほどの小品ながら、あらゆる抑圧の根源たる小人物すなわち「わたしの奴隷根性」に刮目させる究極の啓蒙書である。数々の訳書で知られる片桐ユズル氏の明澄な訳文が、ライヒの思想の強靭さをきわだたせる。
ライヒはヒトラーがドイツ首相に任命された一九三三年、ファシズムを性的神経症と喝破した著作『ファシズムの大衆心理』でナチス政権の不興を買い、以後各国を転々とする。最終的にアメリカに亡命し研究をつづけるが、宇宙に充満する性/生のエネルギー「オルゴン」を治療に応用するため開発した装置が当局により「いんちき医療器具」とみなされ、さいごはコネチカット刑務所で病死した。
没後、カウンターカルチャーの隆盛のなかでライヒ・ブームともよべる動きが生じるものの、その後の「理系信仰」の蔓延とともに、ライヒの思想と実践は「疑似科学」「オカルト」のレッテルを貼られ、貶められてゆく。だが、自由への熱誠と人間への愛に満ちたライヒの言葉を、曇りのない目で読みなおすべき時が来ている。「ちっぽけな」(この形容詞が本書には頻出する)ナショナリズムと排外主義、広義の「専制」が跋扈するいま、われわれが自身の「小人物」をみつめなおすことのほかに解放の道はない。
そして本書はもうひとつ、得がたい恵みをふくむ。四二点におよぶ故・赤瀬川原平氏の挿画である。その度肝をぬく迫力にもご注目願いたい。(編集部)
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