「ぼくは帽子をかぶって座っている。帽子は旅行者みたいな気持になるから好きだ」たったこれだけの言葉に翻弄されて、ぼくはぼくと出会う。小学5年生のぼくと現在のぼくは、島での呪術師どうしの死闘へと巻き込まれる。逆巻く波のような闇、その波に捲かれて沈む、刻の水底へと。けれど強いちからに導かれ、再び浮かび上がり走りはじめた。ぼくの恋は音楽とこどもの頃の傷を曳きながら、とんでもない方向へと向かう。...........著者は音楽家で、普段は音楽をやっています。音楽家ですからね。音楽とは、時間が経過することによって成就する時間芸術と言ってもいいでしょう。そうして時間とは、ただ過ぎてゆくものではなくて、やって来てそれぞれのうしろに積み重なってゆくもの、とぼくは考えます。これは記憶、と言い換えてもいいでしょう。音楽で言えば、いま聴こえている音符のひとつ前の音符を記憶しているからこそ、いまの音符と繋がって音楽となる、みたいなことです。そうでなければ音はただの音で、音楽ではなくなってしまいますからね。かたや小説とは、一枚の絵画のようなもの、と考えます。特にこの小説は、時間、場所がくるくると錯綜しています。これを、音楽のような時間芸術として捉えることは難しいのです。でも一枚の絵画、として俯瞰してみると見えて来るものがあるのだと思います。
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