なぜ(ある特定の)人びとは、ただひとつの現実世界に飽き足らず、並行世界というものに強く惹きつけられるのか。並行世界に思いを馳せるとはどういうことなのか。私たちにとって並行世界とはどのような意味を持つのか。本書は、こういった問いの枠組みを、哲学でも心理学でもなく自然科学でもなく、文学研究の立場から考えようとする試みである。それは、個別具体的な作品分析を通じて、並行世界という舞台設定が担う思想的な潜勢力を解き明かす企てともなるだろう。
はじめに
第一章 柄谷行人『探究2』-この現実世界への疑念
「単独性」の在り処/固有名の論理/“不健全〞な私たち
第二章 東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』-並行世界は何をもたらすのか
現実世界への順応/「ゲーム的リアリズム」とは何か/物語とメタ物語の往還運動
第三章 三浦俊彦・永井均の諸論ー「この」性はどのように分析できるか
可能世界論という鉱脈/なぜこの人が「私」なのか/並行世界の重要性
第四章 筒井康隆『夢の木坂分岐点』-壊れているのは「私」か世界か
「現実」に対する「虚構」の優位/寓喩としてのサイコドラマ/夢の世界であることの意味
第五章 岡嶋二人『クラインの壺』-世界はこのひとつだと信じたい
ヴァーチャル・リアリティの射程/「本物」らしさをめぐる問い/世界はただこのひとつである
第六章 押井守『アヴァロン』-「現実」らしさはどこにあるのか
「アヴァロン」とは何か/「Class Real」はなぜ「現実」と誤認されるのか/リアリティを生み出す「狂気」
第七章 米澤穂信『ボトルネック』-こんな「私」じゃなくても
「ポスト・セカイ系」の想像力/「個性」は存在理由になるか/“自分らしさ〞至上主義のイデオロギー
第八章 円城塔『Self-Reference ENGINE』-「現実」はほんとうにひとつなのか
「私とは何か」という問いの不可能性/並行世界の「私」/多元宇宙という戦略
第九章 舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』-探偵は世界を創造する
「世界の形」を変えるということ/「本格ミステリ」の文法/「世界を作ること」のパラドックス
第十章 東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』-あれも「私」だったのか
「量子脳計算幾科学」の意義/『ミスター・ノーバディ』との比較/「存在論的並行世界」の承認
第十一章 村上春樹『1Q84』-ここにもいるし、あそこにもいる
『1Q84』の物語構成/ひとつきりの現実世界/「拡張現実」の拡張
第十二章 新海誠『君の名は。』-並行世界はどこにあるのか
『君の名は。』の衝撃/一人称的世界から離れて/記憶の固執
第十三章 伴名練『なめらかな世界と、その敵』-並行世界を移動するとはどういうことか
伴名練という衝撃/実際には無限ではない並行世界/「存在論的並行世界」への通路
第十四章 それでも並行世界は“在る〞ー「存在論的並行世界」の役割と使命
並行世界は何のためにあるのか/分析哲学の“実存的〞読解/「存在論的並行世界」の役割と使命
あとがき
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