陸と海を結んだ巨大帝国の軍事・行政・経済システムと、その終焉…。巨龍、墜つ。
ナヤンの挙兵・クビライ最後の出陣ーー三大王国は、孫の世代に移っていた。頼むべき分身の息子たちは、すでにいなかった。クビライの生涯で、最大の危機であった。……73歳の老帝クビライは、みずから迎撃を決意した。悲痛な出撃となった。しかし、クビライは果断であった。迎撃態勢の大綱を指令すると、みずから手まわりの兵団をかき集め、みずから先頭に立って突出した。ときに、陰暦5月13日。象の背に結わえ付けた輿に乗っての出撃であった。……ここで両軍、一気に決戦となった。錐の先のように激しく揉み込むクビライ突撃隊の気迫に、実戦の意欲を欠くナヤン軍は崩れ立った。しかしそれでも、少数突撃したクビライ自身のまわりに危機は迫った。クビライ突撃隊の気迫に、実戦の意欲を欠くナヤン軍は崩れ立った。しかしそれでも、少数突撃したクビライ自身のまわりに危機は迫った。クビライを乗せた戦象は、激しく集中する矢のために、後方へ逃走した。混乱する戦況を決定したのは、かねてクビライが、自分自身の「常備軍」として賛成に努めていた。キプチャク、アス、カンクリなどの諸族から成る特殊親衛軍団の威力であった。……御曹子として、実戦の経験のほとんどない青年ナヤンと、数々の修羅場を踏んできた老人クラビライの違いが、すべてを分けた。敵本営の奇襲を狙った緊急出撃といい、戦場での突出攻撃といい、クビライの采配ぶりは、まことに見事であった。彼は最大の危機を、みずからの力で切り抜けたのである。--本書より
●世界の改造者
●大いなるテングリの国
●草原のゆらめき
●大河の国へ
●海上発展の道程
●内陸争乱から東西和合へ
●帝国の経済システム
●天暦の内乱
●落日
●モンゴルの裔たち
レビュー(4件)
クビライ後のモンゴル帝国情勢
チンギスやクビライの華々しい活躍は色々知る機会もありますが クビライ後の元や他のチンギスの血統に連なる諸ウルスが どうなったのか分かりやすく説明されていて 大変面白く読めました。
モンゴルの観点からみたモンゴル帝国史
モンゴルを中国における「元朝」ではなく、モンゴルの観点からみたチンギス・カンとその末裔が築いた帝国の歴史物語である。著者は特にペルシャで編集された「集史」(イスタンブール・トプカプ宮殿博物館所蔵)を原典とそこから持論を展開している。本書下巻が扱うのは、クビライ政権から元朝の滅亡と帝国の解体までである。本書によれば、例えば、クビライによる日本侵攻(いわゆる元寇)は、第1次がデモンストレーション、第2次が南宋余剰人口の日本移住政策とされる。第1次は南宋侵攻と時期を一にしており、日本など眼中になかったこと、第2次は南宋滅亡後の旧南宋軍から動員した兵士(いわゆる江南軍)が最下級の兵士から構成され、船舶も旧型ばかり、指揮官もB・C級クラスであったことを挙げ、とても戦力とはいえない現状であったことを挙げる。なお、クビライは日本侵攻は2回で断念したが、高麗征服には実に40年以上の歳月をかけている。高校で学んだモンゴルの歴史とは違った観点からモンゴル帝国を再点検してみたい人にはお勧めだが、この本の筆者はモンゴル一辺倒で他の周辺諸国を卑下するような態度が感じられるので、多少は割り引いて読む必要があるのではないか、と思われる。なお、モンゴル帝国の各種遠征には必ずといってよいほど地図が付されているがあまり役に立つとは思えない。系図も詳しすぎてわかりにくい。本書に登場しない傍系は削った方がよかったのではないか、と思われる。