この物語は戯曲の形式をとっているが、必ずしも上演を目指していない。小説より戯曲の形式の方が、宇宙という未知の世界の表現に適しているという考えのもとに採用されたに過ぎない。そしてそれは、あくまでも宇宙の旅についての読み物である。それゆえ、書籍の分類では演劇でなく、小説(物語)に入れた。 小説という形式では、常に作者の視点がつきまとう。主観的な小説はもちろんのこと、写実的なものでも、観察者たる作者の圏内を出ることがない。しかし、戯曲では作者の意図を離れ、登場人物が自由勝手に遠くまで駆け抜けていく。広い宇宙はもちろんのこと、夢の世界にまで達するのも容易である。物語の後編(下巻)で明らかにされるように、地獄や天国にまでもすんなり行き着いてしまうのである。 俗物たる作者などは、はるか遠くに捨て置かれてしまう。このようなわけで、著者紹介のあのような記述についてはお許し願いたい。 簡単に各章について眺めわたせば、「食人鬼星」では、宇宙の思いがけない異様さを、とくに色、形、大きさについて経験するであろう。「時の進みの速い星」では、時間の流れに地球人は振り回されるであろう。「異星人ケサミンタ」では、この物語の喜劇的性格をさらに深めるであろう。「ボワール星の最後」では、運命の悲惨さを味わうこととなろう。「矢平太と夭夭姫」では、地球に似た舞台の設定のもとで、不思議な経験をするとともに地球に対する愛着を深めるだろう。 ではくれぐれも、見かけの演劇の形式に食傷されることなく、おかしな物語として読み進まれていただきたい。
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