「力道山・木村政彦VS.シャープ兄弟戦」「タイヤは生命を乗せている」
「サッポロ一番」「お邪魔虫」「ヤングOH!OH!」「音楽は世界のことば」…
電通、博報堂、萬年社の仕掛人が初めて語る、昭和史の舞台裏。
1 私がかかわった戦後の広告は金メダル級の内容だったと思いますー萬年社 高木眞
2 あのフレーズは、ゴキブリ目線の哀しいユーモアなんですー萬年社 影山芙紀子
3 やはり電通という会社は、吉田秀雄の会社ですよー電通 石川周三
4 目的は「コミュニケーション」。「グッドデザイン」は手段に過ぎませんー電通 田保橋淳
5 生きる元気や、生をそそのかすことが広告の大きな役割だと思うんですー電通 岡田芳郎
6 当時のAEは業界初。AE部はパイロット的な組織でしたー博報堂 小宮山恵三郎
7 当時はいかにスポンサーのところに滞在するか。電話一本で300万、500万の仕事が決まりましたー萬年社 秋山晃衛
8 修羅場のような現場にも向かうー。広報には、そういう仕事もあるんですー博報堂 飯田尚武
9 アメリカの情報を基礎に、電通がいち早く広告・マーケティングの近代化を図ったんです
10 番組スタート時は叩かれましたが、成功するとPTAからも推薦されるようになりましたー萬年社 冨増惠一郎
11 広告マンは、いつも時代の黒子のような存在なんですー博報堂 木倉資展
12 インディペンデントな会社のネットワークをつくる。それが「メガ・インディペンデンス」の思想ですー博報堂 神保智一
13 博報堂の優位性は、目に見えない欲望に形を与える「ニューデザイン力」にある
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