【POD】英米文学文化の異民族・異邦人・異人種(増補版)
本書は、さまざまな環境に置かれていながら異郷で暮らしているような気持ちを抱き続けたのではないかと思われる作家たちを取り上げている。 ハーンを皮切りに、以下、失われた過去、あるいは未来の理想郷でありながら「時」の支配によってメランコリーとペシミズムというあきらめのムードを漂わせるアレグザンダー・ポープの『牧歌』を考察した後、十九世紀のクリミヤへ足を伸ばし、肌の色を気にしながらナイチンゲールとはひと味違う形で活躍したクレオールのメアリー・シーコールの姿を垣間見、動き続けなければならないという思いに駆られながら生涯を旅の連続として過ごしたD. H. ロレンスが『処女とジプシー』において民族的他者であるジプシーをどのように扱ったかを考察し、異邦人・異階級・ジャーナリズムというトリプルバインドの只中で生きるジャーナリストを描いたヘンリー・ジェイムズの『リヴァーバインター紙』、十九世紀のアメリカにあって黒人への教育を試みて失敗の憂き目を見たトランセンデンタリストのブロンスン・オールコット、故郷へ帰ることは自分を探すことであり、ホームには不可欠である他者からの肯定的なまなざしを求めて彷徨う異邦人を描いたトニ・モリスンの『ホーム』、ともにインディアンの血を引いているエルビス・プレスリーの『燃える星』とケヴィン・コスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブズ』におけるインディアンネス、チカノ作家のロドリゲス、アンサルドゥーア、ウレアにおける人種と言語のハイブリッド性、日本を舞台に日本人主人公の視点からオリエンタリズムとオクシデンタリズムの交差を描いたアラン・ブラウンの『オードリー・ヘプバーンズ・ネック』の順で考察した上で、アメリカ合衆国に居ながら周囲の現代文化から隔絶しようとするアーミッシュを論じ、そのアーミッシュの一人が昭和の初めに日本を旅していた事実を紹介した後に、最後に再び、縮緬本という日本の伝統工芸を通して日本という異人の国から故郷へと戻っていった小泉八雲を論じる。
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