わが国は近代に入つて、二度も伝統断絶の危機を経験しました。一つは明治維新後の西洋化であり、今一つは大東亜戦争敗戦後における米軍の横暴と彼らへの追従によつてです。前者では完全なる断絶を免れ、むしろ積極的に国風を保存する動きもありました。しかし、後者によりわが国の伝統は大きく毀損され、現代に至つてゐます。付録の論考は、一見、本書の目指すところと異なるものと見られませうが、断絶をもたらした頃のわが国の状況について記したものです。
明治時代、正岡子規や落合直文らは「和歌革新運動」と称する、私から見れば「伝統破壊活動」ともいふべきことを推し進めました。子規は、『万葉集』や藤原定家の教示によつて万葉に学んだ源実朝の『金槐和歌集』を評価したものの、紀貫之や定家を酷評しました。そして、『古今和歌集』以来の和歌の伝統(言葉と心で古人とつながること、さらに君臣和楽の関係を歌ふこと)を否定し、和歌もどきともいふべき「現代短歌」を世にひろめました。
ケーベルを論じた論考では直接、このことには触れてゐませんが、彼の言葉を通じて右のやうな時代の空気を感じていただけたら幸ひです。
日本学協会が主催する千早鍛錬会で、多くの若者と接する中で、和歌を作りたい、『万葉集』を知りたいと思つてゐる人が想像してゐた以上に多いことに驚かされました。しかし、彼らを適切に導いてくれる本を私は知りません。また、多くの国文学者が記した和歌や歌集の入門書や研究書を読んだところで、それらを嫌ひになることはあつても、好きになることはあまり考へられないと彼らの著作を読んで思ひました。彼らの研究成果は認めますが、それとこれとは話しは別です。
かうした中で、和歌に関心のある方や志のある方が少しでも和歌とは何か、『万葉集』とは何かといふことを知つていただけたらと思ひ、そして失はれた伝統を取り戻すささやかな何かになればと願ひ、過去に記した論考をまとめて本書を作りました。しかしながら、本書は右に記したやうな現代の研究者らには相手にされないでせう。「皇国史観による万葉本」や「時代錯誤」などとレッテル貼りをされれば、読んでもらつただけマシかも知れません。
(「序文」)
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